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和菓子と“彩”時記 『光琳菊』

みなさん、この図のお菓子はいったい何のお花をモチーフに作られていると思いますか?



まあるい様子から牡丹やヒナギクのようにも見えるこちら、正解は菊の花なんです。
(図のお菓子は、鍵善良房さんの『光琳菊』というお菓子です。)

『早く咲け九日も近し菊の花』 松尾芭蕉

◎重陽の節句と菊のお菓子


今日9月9日は五節句の一つ、重陽の節句です。桃の節句や端午の節句は生活の中で意識することも多いかと思いますが、重陽の節句はあまり聞き馴染みがない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
古来中国では奇数の日は縁起がよい「陽の日」で、奇数の中でも一番大きな9が重なる、「陽」が重なる日として9月9日を節句としたそうです。
日本では、旧暦9月に花が見頃を迎えることから「菊の節句」とも呼ばれるようになり、平安時代にはすでに盛んに祝われていたようです。不老長寿を願い邪気を払う花とされる菊、またその薬効により健康を願う日とされ、人々は花びらを浮かべた菊酒や栗ご飯を楽しんだとのこと。
先程の松尾芭蕉の句も、9月9日が近くなり菊の開花が間に合うかどうか焦ってやきもきした心情を詠んだもので、当時の人々の生活の中で重陽の節句がいかに大切にされていたかがうかがえます。
 
さてこの重陽の節句ですが、名前と形を変えて今でも受け継がれています。
とくにここ長崎では一大イベントとして市民に愛され、日本中のみならず海外からも観光客が訪れる秋の祭典、と言えばお分かりですよね。
 
そう、「おくんち」です。
 
9月という時期から、重陽の節句は収穫祭の意味も持ち合わせていました。新暦への移行に伴って9月は菊の花盛りではなくなってしまい、いつしか廃れていった重陽『菊の節句』ですが、収穫への感謝の気持ちは残り続け、旧暦に合わせた10月に神様へ舞を奉納したことがおくんちの由来とも言われています。
 
そして旧暦・新暦問わず重陽の頃には、菊の意匠を取り入れた和菓子が多く見られます。
花びらが多い菊の花を模したお菓子はどれも繊細でずっと見ていられそうなほど。
ですが私はその中でも、この『光琳菊』を推したいと思います。
『光琳菊』とは、江戸時代の画家・尾形光琳の描いた菊をモチーフに作られるお菓子です。
大胆に極限まで簡略化されたデザインはシンプルだからこそ圧倒的な存在感を示し、こうして現代まで愛され、お菓子のテーマとしても多く用いられるほど生活の中に溶け込んできたのでしょう。
 
『光琳菊』は菓子舗によってさまざまな姿を見せてくれます。中でも先程の京都『鍵善良房』さんの『光琳菊』は検索をすると初めの方に出会える『光琳菊』ではないでしょうか。
ふっくらとした白い薯蕷まんじゅうの一部に葉を模した緑の生地を張り付け、真ん中のくぼみに合わせて焼印が入れてある、シンプルな造形なのに手が込んだ素晴らしいデザインです。また、ういろうで餡を包んで真ん中に小豆を1粒のせた、この上なくシンプルなデザインの『光琳菊』など、今までにいくつもの『光琳菊』を作られたそうです。
 


 
「星見草(ほしみぐさ)」「千代見草(ちよみぐさ)」「霜見草(しもみぐさ)」、「まさり草」そして「契草(ちぎりぐさ)」。これは全て菊の別名ですが、なんだかロマンチックなものが多い気がします。
2019年に販売されていた『とらや』さんの『千代見草』は羊羹製で、紅・黄・緑の3色を茶巾絞りにしたとても愛らしいデザインが目を引くお菓子でした。
また、『かぎ甚』さんの『星見草』は鮮やかなピンクが目を引きます。芋練り切りにこしあん・栗あんを包んだ、秋ならではのお菓子です。
『鶴屋吉信』さんの『まさり草』は外郎製。薄紫の花弁は愛らしくもどこか気品を感じさせます。

菊のお菓子たち

菊の異名を名に持つ和菓子はそれぞれ同じ「菊」というモチーフで作られていても、様々な表情を見せてくれます。同じ花が複数の名前を持つということは、それだけたくさんの人に菊という花が愛されてきたことの証明ではないでしょうか。

◎菊と文学


お菓子だけでなく、文学作品の中にも菊は登場します。その中でも私が印象に残っているのが、日本の怪異小説の名手・上田秋成の『雨月物語』に収録された『菊花の約(きくかのちぎり)』。そう、「契草」です。
 

『菊花の約』あらすじ

行き倒れていたところを助け助けられた縁で、義兄弟の契りを交わした左門と宗右衛門。2人は勉学の話に興じ、大変に良い友となっていった。初夏のある日、故郷の様子を見に行くと言う宗右衛門に、左門は戻りはいつになるかと尋ねたが、「9月9日、重陽までに戻る」と約束をし宗右衛門は旅立った。やがて盆が過ぎ、秋風が吹き、ついに迎えた9月9日重陽の節句。左門は家の掃除をし、酒や心尽くしの膳を用意し、菊の花を2、3輪を飾って帰りを待つが夜になっても一向に現れない。夜も更け、左門が諦めかけたその時、家の前にふらりと現れた人影。その正体は待ち望んでいた宗右衛門だった。喜び迎え入れた左門だったが、宗右衛門は酒や料理には一切手を付けず……。

結末はぜひご自身の目で確かめてください。

 
菊の異名の中でも由来がはっきりしないという「契草」ですが、私はこの「菊花の約」が関係しているといいな、と思うのです。文学から名前が付いた花があるというのはロマンがありますよね!
 
余談ですが、数年前に観劇した舞台の演目のひとつに、『菊花の約』の講談がありました。
演じられた役者さんの気迫に飲まれ、ただただ「すごかった」という感想しかなかったのですが、あれほど生で見られてよかったと思う演目はないと今でも思っています。
 
春の桜と並び、和菓子の意匠に多く取り入れられている菊。現代では仏花の印象が強く、とくに和菊は通常のフラワーアレンジなどには敬遠されることもあるそうです。しかし昔から人々に愛されてきたからこそ現在まで残り、品種改良を経えてたくさんの種類の菊が育てられています。菊の花のいろいろなお菓子に活かされた愛らしさや華やかさを、目で、そして舌で楽しむ秋にしたいものです。

文・イラスト  あーちゃん

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