日記 氷柱,卒業,就職

大学を無事卒業,そのまま就職しました。就活の相談に乗ってくれたBくんとKさん,ありがとうございます。

今はどっぷり自分語りをしても許されるようだ。世の中には自分語りが好きな人と,好きだがそれを隠している人の2種類しか存在しない。見苦しいのは後者で,私も後者だ。


大学まで

小5の頃,谷本は私の唯一の友人だった。
まだ東北に住んでいた私は,夏は公園の草や花を食い,冬は水槽に張った氷をかじっていた。氷はともかく草は不味いので時々嘔吐した。当然キャラ作りには失敗し,私と会話してくれるのは谷本だけになった。

私はアバラが透けた虚弱児で,それゆえ暴力に憧れがあった。谷本と2人で学校へ向かう途中,私はよく雪玉を民家へ投げ込んだり氷柱を玄関に叩きつけたりした。下校時には石ころを蹴飛ばし,時おり往来の車にぶつけた。公園の花壇をひっくり返して草を食った。
谷本はたいてい,ポケットに手を突っ込んだまま何もせず,黙って私を見ていた。私は谷本に勝ったと思った。

谷本はゲームに詳しかった。私は「きそポイント」という言葉を知って以来いそいそとBD255ツボツボやBC255フーディンを育成していたが,谷本は私のボックスを見て鼻で笑った。種族値とか知らないの? フーディンのBに振ってどうすんだよ。きそポイント(笑) それ,ホントは努力値っていうんだよ。知らない?
私は知っていると答えた。ポケモンは1人でやることにした。

カードゲームは私のほうが強かった。谷本は1枚10円で投げ売りされているゴミカードの束しか持っていなかったが,私は構築済みデッキを2つも買っていた。邪帝ガイウスで魂を削る死霊を除外。サイクロンで地砕きを無効化。猿でも勝てる。
谷本はたまに私を罵ったが,カードゲーム遊びをやめることはなかった。2人でカードショップに行き,ゴミ箱からカードを拾って喜んだり,パックのさわり心地とレアカードの封入率の関係(サーチと呼ぶ)を調べたりした。

その日の朝。私は左手にリコーダーを,右手に例のごとく氷柱を持っていた。壁に叩きつけられるはずの氷柱は,手からすっぽ抜けて谷本の頭に直撃した。黄色い通学帽にじわりと赤黒い染みができた。谷本は死んだ。いや,実際はほんの少し頭皮を切っただけだったが,私は谷本を殺したと思った。谷本は黙っていた。
それからしばらく私は1人で登校した。私と会話するクラスメイトは1人もいなくなった。

雪が溶け切る前に私は関東へ引っ越した。谷本は関係ない。親の転勤が原因だ。翌年,谷本は律儀にも年賀状をくれた。私は返さなかった。
引っ越し後はうごメモはてなやキャスフィに入り浸っていた。知らない人のために説明すると,小中学生しかいないTwitterのようなものだ。うごメモでは谷本とつながっていたが,特に連絡は取らなかった。はてなが閉鎖してからは小さなチャットにこもった。うごメモの知り合いが集まって作った避難所だ。このチャットは後で再登場する。

私は高校から男子校に入り,そのガラパゴス空間でマチズモとミソジニーを心置きなく味わった。第一志望の大学では合格点より50点ほど低い点数を叩き出し,浪人した。それから1年をドブに捨てて大学に合格した。浪人の秋,東西線で私に話しかけてきた謎の老人,および彼を通じて紹介された謎の30代男性との付き合いは,大学入学後にまもなく途絶えた。老人の正体は最後までわからなかった。30代男性は渋谷のクリスピー・クリーム・ドーナツでよく聖書の話をしてくれたが,彼の正体もやはりわからなかった。彼のよれた聖書には小汚いカバーがかけられ,数枚だけ付箋が付いていた。クリスピー・クリーム・ドーナツは不味かった。

大学

私は理系だった。理系の大学など男子校みたいなもので,クラスに女子は2人しかいなかった。40人中2人って,ふざけてんのか。大学は女子の平等な分配など今すぐやめて全女子をひとつのクラスにまとめるべきだ。女子率5%のクラスをいくつも作るな,50%のクラスをひとつ作れ。その方がお互いのためだ。

鳴沢という奴がいた。顔は知らない。私が合格ツイートと自分語りをしたとき鳴沢にフォローされた,私はフォローを返した,ただそれだけの関係だ。鳴沢はめったにツイートしなかったが,ごくまれに空リプをしてきた。いいね欄を覗くと私のツイートばかりで気味が悪かった。鳴沢のアカウントは,後に消える。

私はサークルで水を飲んだり土を食ったりしていた。冬は雪や氷を食った。春先,樹林帯の雪は花粉の味がして死ぬほど不味い。私は雪を食う習慣を後悔し,サークルをやめようと思った。これは以後の話となんの関係もない。

私はほとんどの授業で寝ていた。一夜漬けで戦う生活が2年ほど続いたが,それすら途中で飽きた。研究室は勢いだけで決めた。プログラミングや英語,統計に憧れていたが,全部できないまま終わった。よくわからない卒論を書いた。これもどうでもいい話だ。

在学中,私は未だに件のチャットに顔を出していた。洒落た機能は一切なく,数分放置すると勝手に落ちている。ログは100しか溜まらないし,入退室のたびいちいちお知らせが入るので,会話はすぐに消えてなくなる。この儚さはもはや貴重だ。ここでの発話の重みは現実と似ている。言葉はすぐに消滅する。Twitter? 冗談ではない,書かれなかった事は,無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。

チャットの利用者はもう私を入れて3人だけだ。面倒なのでAとBとする。あとは稀にインターネット遭難者(たいてい「w」を多用するどうしようもないオッサン)が現れるくらいだ。
山崎はチャットの設立者だが,年に数度入室の形跡が見られる程度で,会話はめったになかった。私が浪人のとき,すなわち5年ほど昔,珍しく会話になった折にTwitterのアカウントを聞いた。二郎ばかり食ってるどうしようもないアカウントだった。

それから数年。折よく山崎が現れ,会話になった。昔話に花が咲く。うぃんずは今なにしてんのかな。キモい荒らしもいたね。ギールは今でも繋がりがあるよ。むかし教えたTwitterのアカウントは嘘だわ,あれ友達のやつね。同窓生がほとんど死に絶えたジジイどもの同窓会よろしく会話が弾む。

しかし,段々と違和感が湧いてくる。どうにも会話が噛み合わない。山崎は昔Aとオフ会をしていたはずだ。なぜ覚えていない? チャットのトプ画を書いたサクラちゃんは山崎の同級生だ。忘れるなんてあるか? 年齢や誕生日もAの記憶と違う。電子回路を擬人化してデュフデュフしゃべる熱血キモオタクだった山崎が,いくら10年の時が過ぎたとはいえ,PCの知識を全部忘れて底辺大学生みたいな女語りをするなんてありえるか?

「人は変わるさ」と言う山崎。しかしいくらなんでも変わりすぎだ。10年経つと,人は誕生日が変わるのか? 片思いのあげく自作チャットのトプ画を描かせた女の子の名前すら忘れるのか? こいつ,誰なんだ。

私たちは問い詰めた。もう嘘はバレてる。取り繕っても無駄。全部吐いて楽になれ──この言葉を皮切りに,山崎は嘘を認めた。こいつは成りすましだ。でも,なぜ?
私は答えを焦った。しかし,このチャットはその気になればすぐトンズラできる。追跡する手段もない。ゆっくりと,敵ではないことを伝えつつ,偽山崎の話を聞いた。

深い意図はなかった。たまたまこのチャットを知っていた。山崎の名前を騙れば溶け込めると思った。なるほど,こいつもうごメモユーザーだったのか。ふーん。うごメモのアカウントは? 私の知らないアカウント名だった。なぜこんな辺境のチャットを把握するに至ったのか,まるでわからない。
私はTwitterのアカウントを尋ねてみた。監視の意味も込めていた。あの二郎アカは偽物なんでしょ,本物は?

間。
しばらくののち,山崎はただアカウントIDだけをぽつりと送ってよこした。それは見覚えのある文字列だった。Twitterの検索窓に打ち込むと,「フォロー中」の文字が見えた。

鳴沢だった。鳴沢は山崎を騙ってチャットに来ていた。いや,何が起きた? どういうことだ。なぜ? わからない。いつから? 少なくとも5年前,偽のアカウントを伝えてきたときから。それは私が鳴沢にフォローされるより昔の話だ。鳴沢はいつから私を知っていた? いつから鳴沢は山崎を騙ってチャットに来ていた? ひょっとするともっとずっと昔,私が中学の頃から? あるいは,それ以前から?

思えば,鳴沢は私のうごメモツイートには必ずいいねをつけた。ポケモンのレートバトルの画像をよくツイートしていた。bioには「東北生まれ東北育ち」とあった。遊戯王のサーチについて知っていた。頭に小さなハゲがあると話していた。私の自分語りツイートには,わずかだが東北での出来事が記されていた。

偽山崎はチャットから落ち,まもなく鳴沢のアカウントは消えた。もはや連絡の取りようもない。まして谷本との関係などわかるはずもない。偽山崎は「また来る」と言っていたが,今のところ姿を見せていない。したがって,これ以上私に語れることは何もない。

コロナでサークルの活動は停止し,私が土を食う機会もなくなった。だらだらと卒論を書き,だらだらと就活をし,私の大学生活は終わった。何一つドラマのない4年間だった。私は何も生み出さなかった。


就活について

とりあえずWantedlyとかいうインターンサイトに登録したが,クソ企業どもからちっとも返事が来ないのですぐにやめた。少数の企業からスカウトが来たが全て無視した。同じ穴のムジナだ。世の中にはクズしかいない。

高時給なライターの長期インターンに応募した。成長だの生きがいだの,タンツボをかきまぜたような話を延々説かれたので辞退した。私は働くのに向いていないと思った。

結論を言おう。私は大学院へ進学した。就活など1秒もしていない。
過去も未来も憂鬱な思い出と予言ばかりだ。どうしてこうなった?

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