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Since Yesterday

岡村靖幸がゲストボーカルにCHARAを迎えて1992年に発表した「パラシュート・ガール」という曲がある。その曲の歌詞に"遊ぼうってば僕らはすぐ会える あの頃の二人にもすぐなれる"という一節があって、当時いつも一緒に音楽を聴いていた友人と「あの頃には戻れない歌が多いのに、あの頃の二人にすぐなれるって言い切るのすごいよね、岡村ちゃんはやっぱり天才だよ。」とふたりで褒めまくった。小学校からの同級生で中学に入ってから急に仲良くなったその子とは、高校になると通う学校が離れてしまったけれど、相変わらず放課後に会ってはたわいもない話を繰り返すような仲だった。歳の離れた兄の影響を受けていた早熟な彼女はいつも私に沢山の音楽を教えてくれた。大人になりお互いに結婚をして子供が生まれてからしばらくは緩いながらも定期的に会うような関係が続いていたけれど、ここ数年はなんとなく連絡が途絶えていた。頭の片隅では気にしていたものの忙しさにかまけて後回しにしてしまい、おのずと距離は離れていった。

昨年12月に急に思い立って、久しぶりに彼女に手紙を書いてみようと決めた。最近の自分の暮らしぶりや、ここ数年のあいだ気に病んでいたこと、それから実は私、少し前に仕事で小山田くんに会ったんだよ、と。今の私たちの距離を測るような気がしてなかなか伝えられなかったその言葉を書いて、すぐにポストに入れた。数週間後のお正月に届いた年賀状には「手紙ありがとう」と添えられていたけれど、結局ちゃんとした返事はなく、でも何故かそれほど傷つかなかった。きっと人生のタイミングがうまく合わなかったのだと思う。YMOやプリンスや岡村靖幸を私に教えてくれた彼女は、多分もう昔のように音楽を聴いていない。

いろんな人の音楽遍歴やそれにまつわる話を聞く企画をはじめてから、自分の過去の出来事を自然と思い出す。どの場面にも必ず重要な誰かがいたし、地味で引っ込み思案だった私が心を許せるような友人ができたのはいつも音楽のおかげだった。大抵は私のほうが夢中になってのめり込んでしまい、一緒に楽しんでいたはずの友人はいつの間にか来なくなって、仲のいい人はその都度変わっていった。大勢いたように感じた友達は子育てがはじまるとあっという間にいなくなり、違う、いなくなったのは私だ、と気づいたときに、誰に対してもそんな不確かな関係しか築けなかったせいだ、と自分を卑下した。でもそれなりに歳をとってわかったのは、特に理由はなくても疎遠になる人はいるし、親友だと思っていたのに一瞬で壊れる仲もあるけれど、年に一度しか会わなくてもゆるく長い関係がずっと続いている人もいれば、離れ離れになっても再会してまた楽しくやり取りを交わす仲間もいる。結局は巡り合わせだから、例え短くても波長が合う人がいて、良くも悪くも濃密な時間を共に過ごしたことが貴重だったし、おかげで振り返れば自分の人生がなんだかよいものに見えるから不思議だ。この先もう会うことはないのかもと思う人もいるけれど、どこかで元気でいればいいなと願っている。

不定期で担当しているラジオの春の選曲を考えたときに、1曲目をAlvvaysの「In Undertow」とStrawberry Switchbladeの「Since Yesterday」のどちらにするかでしばらく悩んで、いつもはなるべく新しい曲にすると決めているのに今の気分で「Since Yesterday」を選んだ。2曲とも過去との決別を歌っていて、曲の雰囲気といい少なからず「In Undertow」はストロベリー・スウィッチブレイドの影響を受けているだろう。はじめて聴いたときには80年代風のノスタルジックなシンセサウンドに重ねた轟音ギターとサビの"No turning back"という力強い歌詞に、懐かしいものを自分たちの音に変化させていく意思を感じて、新しい音楽だけが持つ瑞々しさに心を打たれたものだった。けれど、未来を見据えながら聴いていた4年前とは見える景色がもう違ってしまった。〈あの頃はよかった?そんな馬鹿な、元に戻ったりしない〉と書き綴った自分はすでに過去にいる。そんなことを思いながらYouTubeで久しぶりに「Since Yesterday」のPVを再生したら、奇抜なメイクにキュートな格好でくるくる回りながら踊るジルとローズがあまりにも生き生きとして眩しくて素敵で、昔は失恋の曲だと思っていたけれどなんとなく友情を歌っているように見えた。昨日までの思い出が心強く感じた春に、誰かに聴かせたくなった。

If you're still there when it's all over
I'm scared I'll have to say
That a part of you has gone
Since yesterday

「Since Yesterday」/Strawberry Switchblade


好きだったバンドが解散したことを知って、家までの暗い道を友人と並んで歩いた日のことを今も時々思い出す。学校をサボって、海へ行くつもりじゃなかった、と笑いながら海へ向かったことも。あの頃にはもう戻らないと知っていても、あの頃の二人にすぐなれると本気で信じていた記憶が頭の中にずっと残っているから私は絶望せずにいられるのかもしれないし、外に出て歩いていけばまた誰かに会えるような気がする。3月の終わりの日に久しぶりにライブを観に行った帰り道、東京の夜の街をひとりで歩きながら、そんなことをぼんやりと考えた。


#音楽 #エッセイ

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