たかがレコードのはなし

先々週ふらっと覗いたレコード屋の中古コーナーにて、ものすごく欲しい12インチを2枚見つけた。これからライブハウスに向かうところで荷物を増やしたくないから買うとしても7インチだけにしよう、と決めて入店したのに、なぜかそういう時に限って出会ってしまう。しかも2枚とも初めて実物を見たので驚きのあまり動揺してしまった。それ以降は見るものすべてがほとんど頭に入ってこなくなり、脳が思考停止のままフリーズしてバグを起こし、同じ列の棚を何度も行ったり来たりする挙動不審な行動にでる始末。いかん、これは再起動が必要だ。2枚のうちの1枚は高値だったこともあり、とりあえず先に立てた誓いを守ってその日は見送ることにした。

冬の冷たい夜風にさらされて、浮かれた頭は一旦すっと落ち着いた。なのに頭の片隅にあった残像が寝る前にまた顔を出す。あれは夢?それとも幻……?意を決して先日もういちど現物を見に足を運んでみると、やはり両方ともまだあった。値段も変わらず。夢だけど夢じゃなかった!そこで再び散々迷いに迷った末に、結局は昨年リリースされたお値打ち盤のほうを買い、高値なもう1枚は諦めた。ここ数年探していてジャケのデザインも大好きで心底欲しかったけれど、その曲が収録されているCDをすでに購入していたのと、12インチの値段としては自分が手を出せる基準を超えた金額だったから。

欲しいものが目の前にある状態で諦めたにも関わらず、冷静に考えたうえで決断したからなのか、さっぱりした気分で帰れた。先週ずっとそのレコードのことを思い続けていたのも楽しかったし、実物をもういちど見れたという満足感もあった。まあほとんど恋だったのかもしれない。ほんとうに欲しいものは手に入らない、と書かれた濱田英明さんのコラムを最近読んだのが頭にあって、それも少し影響している。

いまにも手が届きそうな場所にあると、運命の出会いだと勘違いしそうになる。でも背伸びをしないと届かないのなら身の丈に合わないわけで、それでも無理して手に入れるような時期は自分のなかではもう過ぎたし、躊躇せず手を伸ばせる人が手に入れたほうがいい。そもそも手が届かなかったのには理由があって、普通に手に入れられたはずの時期に出会えなかったからだ。もともとは縁がなかった。

94年リリースの小沢健二の代表曲"ラブリー"のRemaster Short Editの透明アナログ盤7インチの抽選に応募して、はずれた。追加のチャンスとして"ラブリー"を含むプレイリストを作成して送ると7名の人に7インチが貰えるという企画もあり、それにも参加したが残念ながら選ばれなかった。"ラブリー"は好きな曲という以上に自分にとって特別な曲なので喉から手が出るほど欲しかったけれど、だからといってメルカリの高額取引に平気で乗っかるような度胸は持ち合わせていない。こうやって小さな挫折を何度も味わいながら、世の中のすべてが平等ではないことを身をもって知るのだ。叶わなかったことや手に入らなかったものを受け止めたうえで、いま目の前にある大切なものを見極めて、選ばなくては。

と、1月の終わりの晴れた日に茶沢通りをひたすら歩いて帰りながら、そんなスケールの大きなことを考えたりした。たかがレコードのはなしなのに。電車のなかでメールをチェックすると、さっきレコード屋の新譜コーナーで探して見つからなかったアルバムを勧められたので、勢いでポチッとカートに入れてしまった。明日John Caleの『Marcy』が我が家に届く。

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