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BBHF 「BBHF1 -南下する青年-」

毎年ベストアルバムを10枚20枚と選ぶのには時間もかかり頭を悩ませているが、1位の作品は大体すぐに決まる。音楽的にも思想的にも自分の心情的にもぴったりハマる1枚は数少ないからだ。そしてこれから書き綴っていくのがそのナンバーワンの作品。

打ち込みを駆使して1音1音がスタイリッシュでデジタルな雰囲気を纏った楽曲が並ぶ「Mirror Mirror」と、生楽器中心の構成で、スタイリッシュでありながら人と人とが有機的に繋がって伝わって届いていくような楽曲が連ねる「Family」2作が対になる部分もあり、またそれぞれの良い所がブレンドされて形づくられているBBHFの音楽。ロックバンドとしての新しさと普遍の追求、1人でいる時の心地よさと悩み、誰かといる時のそれ、そして仲間と何かを成し遂げることに対する憧れを感じ取った作品だ。2枚セットでバンドの二面性と一貫性を堪能して欲しい。

- 2019年の邦楽ベストアルバム20選(https://note.com/sugarrrrrrrock/n/na26f0b84205c)より

昨年の年間ベスト6位で取り上げた2枚のEPを経て、このバンドのやりたいことや描いているビジョンに大きな期待を抱いた2020年、待望の2ndフルアルバムを聴いて、圧倒的な音楽的探究と進化を目の当たりにした。


再生ボタンを押すと、氷の上をザクザクと踏み締めるような、繊細さと力強さが共存したビートがスタジアム級のスケールで広がっていく。

前作から遥かに飛躍した立体感とで奥行きの深さ。冒頭の「流氷」で圧倒されたのち、続く「月の靴」では月面を歩くような無重力感が伝い、更に続く「Sive」では軽やかに弾むグルーヴで自然と身体がシェイクする。躍動する演奏と抜群の伸びを誇る尾崎雄貴の歌声に電子音やエフェクトが丁寧に施されることで、それら全てを境界なく響かせる。もはや次元の違いを感じるサウンドだ。


今作はアルバムタイトルにもなっている「南下する青年」を主人公に、小説をモチーフにした上/下の2枚組17曲の大作。川を船で漕ぐようなフォーキーなサウンドの中に荘厳な雰囲気を感じる4曲目の「N30E17」で"南へ下る"というフレーズが初めて登場する。

すべての負債を 後ろに乗せて 南へ下る 南へ下る 生きるために
正気を保つために 人は理性を選ぶんだ

人間性を僕は取り戻す

- BBHF「N30E17」より

居場所を失った日々を抜け出して人間らしさを取り戻しに行く、というのが「南下する青年」の目的なのだろうか。ただ、全ての楽曲が物語のように連動しているわけではなく、また歌詞の一人称も曲によって様々な人物像が思い浮かぶ。"南下"という言葉に様々な意味を含ませて楽曲が進んでいく。


冒頭から暗くてシリアスな雰囲気の楽曲が続いたが、この青年の決意を経て続く楽曲は明るみと"人間性"を獲得していく。5曲目の「クレヨンミサイル」は煌びやかなメロディが子供の頃の無垢な感情のように豊かに広がるナンバー。現行のR&Bやエレクトロの要素を散りばめリズミカルな「リテイク」は、お互いに少しずつすれ違っては何度もやり直して愛を育んでいく2人の描写が美しい。いつもの日々の中に血の通った温かな人間関係を取り戻していくことも"南下"という言葉に込めたメッセージなのだろうか。続く「とけない魔法」の、ロマンチックな瞬間を閉じ込めたようなサウンドと間奏のギターソロも堪らない。

シビアな現実と愛のロマンが行き交い、憂鬱混じりでドリーミーな「1988」を経て、1枚目の最後を締め括るタイトルトラックの「南下する青年」で再び主人公の心情が聴かされる。人間性を取り戻すべく南へ向かって走り続ける青年の姿、一方で何もない日々とアップダウンする感情の繰り返しの中でそれを取り戻そうとしている様子もこれまでの楽曲からは感じられた。彼は一体何処へ向かうのか。

愛してるよ。

それは確かなんだ。
だから...続けるんだ。

- BBHF「南下する青年」より

"愛"と"継続"をキーワードに、アルバムは2枚目へと続いていく。バンド名BBHF(Bird Bear Hare and Fish)を日本語訳した「鳥と熊と野兎と魚」で自然と生命の息吹を感じるアンビエントな音色を聴かせると、続く「夕日」からは要所でサックスの音色を響かせるムーディな雰囲気のナンバーが続く。1枚目のクールでシャープな質感と比べると2枚目はカラフルな音使いが増え、サウンド的にも"北から南へ"移行しているようなイメージだ。

これぞBBHFな極上のメロディを奏でるインディーポップ「僕らの生活」からは個人的な今作のハイライト。

サビで歌われる"あんまりにも平坦すぎて何処なのかもわからん道"というフレーズはまさに僕らの生活そのもの。好きなものにそれなりに囲まれながら心地よく日々を過ごす一方で、大きな目標も野望も若い時に比べて薄れ、人生の終わりの見えなさに軽く絶望したのが自分にとっての2020年だった。自分も青年と同じように、南の果てを目指すような途方もない道のりの上にいるのかもしれない。

続く「疲れてく」はゴスペル調のオープニングから始まるミドルR&Bナンバー。愛せば愛するほどに知らないことや、共に乗り越えなくてはいけないことが増えて疲れていく2人を描いた詞がとても沁みる。好きな人でもアーティストでもそうだが、長く一緒にいるほど分かり合えないことが増えたりもするが、適度に衝突しつつその変化自体を楽しんでいく。途方もなく続く日々を愛と共に継続させるための大切な心構えだと感じた。

そして今作で最もロマンチックな「君はさせてくれる」へ。じっくり詞を見るとどうやら禁断の愛っぽい感じの歌でもあるが「僕らの生活」「疲れてく」で長い道のりをぶつかりながら愛を育んできた2人のロマンスであって欲しい...!! 穏やかなサックスの音色と味のあるビート、そして美しいコーラスの響きにうっとりさせられる。

ロマンチックのピークに達した後の「フリントストーン」と「YoHoHiHo」は一転して日々の仕事や生活を取り巻く雑多な感情が歌ったナンバー。日常のバタバタ感を多彩なビートやトロピカルな音色で彩っている。

そしてクライマックスは凍てつく流氷から南下を続けた青年の到達点。氷河を溶かす雄大でエモーショナルなバンドサウンドが照りつける「太陽」で締め括られる。

歌ったり踊ったり したいね
いつだって できるんだ

- BBHF「太陽」より

この一節から大サビの伸びやかなメロディに雪崩れ込む終盤。音を鳴らす自由も音を楽しむ自由も奪われた1年の閉塞感を打ち破る解放感にただただ感動した。

「南下する青年」とは、丁寧に構築された美しいサウンドに乗せて、ここではない何処かへ誘う旅のような物語でもあり、愛情と継続、身近にある終わりのない日々の心情の記録と変化の物語でもあった。バンド離れした先鋭的なサウンドメイクと、ロックバンドの肉体的なダイナミズムの融合、そして今の自分が共感する人生の普遍的なメッセージ、どれを取っても2020年で最も深く響いた音楽作品。来年も再来年も、変わらぬ日々の中に鮮やかな陽の光を求めるべく、そして素晴らしい音楽と出会うべく旅を続けて行きたいと思う。


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