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The 1975 「Notes On A Conditional Form」

個人的な音楽ライフの大きなターニングポイントとなった、2019年のサマーソニック。サマソニにはそれ以前にも1度行ったことはあったが、海外のアーティストのライブをメインにこのフェスティバルに足を運んだのは初めてだったからだ。

中でも目当てだったのが、各所で絶賛された3rdアルバム「A Brief Inquiry Into Online Relationships」を提げてのThe 1975のライブ。ステージの演出やライブパフォーマンス、オーディエンスの盛り上がり方どれを取っても国内アーティストのライブとは違った高揚感で、ただただ圧倒と感動を繰り返し忘れられないライブになった。


その翌週には早くも次作「Notes On A Conditional Form」のリードシングルとして「People」がリリース。

インダストリアルなビートに乗せた獰猛なハードコアパンクを撒き散らしながら"目を覚ませ"と迫ってくる。直前のライブの時点では考えてもいなかった姿に再び圧倒された。先にリリースされていた、グレタ・トゥーンベリのスピーチをフィーチャーした1曲目の「The 1975」に続いて環境問題を大々的に取り上げた攻撃的な「People」。リスナーに"声を上げろ"と反逆を迫る幕開けに、4枚目のアルバムはかなり外向きなメッセージが強い作品になるのかなと考えるのも無理はなかった。


結果、完成したアルバムはバンドを取り巻くインナーでパーソナルな世界観を様々なジャンルの楽曲で旅する22曲80分の大作となった。先の2曲に続いてシングルカットされた「Frail State Of Mind」ではUKガラージをベースにしたダンサブルで緻密なビートに乗せてフロントマン、マシュー・ヒーリーが自身の精神不安定について歌っている。同じくシングル曲の「The Birthday Party」ではデジタルデトックスをテーマに、膨よかなビートとアンビエントな音色が彩るゆったりとしたサウンドに心が浄化される。冒頭で「People」を歌って演奏していたバンドとはまるで別物のようだ。

この他にもデビュー時からのバンドの王道ともいえる80'sライクな煌びやかなポップソングもあり、2ndアルバムで見せたエレクトロとアンビエントを織り交ぜたインストナンバーもあり、前作で接近ソウル/R&B/ヒップホップの要素やゴスペルの華やかさもあり、様々なタイプの楽曲が収録されている。加えて曲数も時間も長いとあって"まとまりがない""聴いていて飽きる"と否定的な評価を寄せるリスナーやメディアも少なくなかった。

ただ、そのネガティブさも引っくるめて今作の魅力を見事に表現しているのが、バンドが"デビューから今作までの期間"として掲げている"Music For Cars"というコンセプトだ。先述した「Frail State Of Mind」などで歌われるパーソナルな心情は車が持つパーソナルな空間とリンクし、多岐に渡るジャンルはマシューが小さい頃から車で聴いてきたであろう音楽の幅広さにも通じる。シガー・ロス、レディオヘッド、ペイヴメント、ブライアン・イーノなど名を挙げるとキリがないが、様々な先人達の影響が染み込んでいる。また、ハウスミュージックやアンビエントを軸にした楽曲は外の風景に溶け込み、運転や車内の会話を邪魔することなく入り込んでくるだろう。

自分も車の運転中にこのアルバムをよく聴いていたが、退屈することなく心地よく"聴き流せる"ことも大きな魅力の1つだと思う。更にはバンドのツアー中の雰囲気やその道中の情景なんかも"Music For Cars"という言葉に象徴されていそうで「Roadkill」という曲はまさにツアーの移動時間のイメージが感じられる大らかで力強いミドルナンバーだ。

そして、車に乗せられてパーソナルな心情と様々な音の情景を旅するように巡った果てに、人生における最高の親友=バンドメンバーへの想いをつづった「Guys」が待っているのが皆言うようにと素晴らしく感動的。来年に持ち越されてしまったSUPERSONICのヘッドライナーのステージでこの曲を聴けるのを願っている。

ロックは過去のものと言われたり、バンドミュージックがメインストリームで鳴りを潜めたりと向かい風だった2010年代。The 1975はデビュー時からロックを客観視しながらウェルメイドなポップソングを世に放ち、マシューはステージでスターの存在感を放ってきた。でもそんな晴れ舞台よりも"バンドを始めた瞬間こそが 人生で起きた最高の出来事だった"と彼は歌う。"Music For Cars"の時代を終えるにあたって、このバンドが何を聴いて育ち、どんな曲を育んで成長してきたかという軌跡を記し、ロックバンドという存在がどれだけ人生を彩り続けているかを刻みつけた1枚。慣れ親しんだ居心地の良い車を降りて、次に彼らは何のための音楽を鳴らすのだろうか。


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