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【AOTY2020アドベントカレンダー Day22】 Taylor Swift 「folklore」

自粛ムードも幾分和らぎ外に出かけてみたものの、これまでの夏の風景とは随分と違っていて、心はもっと日常から離れた所に行きたがっていた7月の終わりに世界中で話題を席巻したのが「フォークロア」のサプライズリリースだった。木々に囲まれたモノクロの神聖なジャケットを見ただけで、未知なるワクワクを想像せずにはいられなかった。

テイラーの音楽はデビュー当時から親の運転する車で聴いていたし、CMソングやテラスハウスなんかでも馴染みがあったし、まさにリアルタイムのポップスターなイメージだったが、今作から聴こえてくるのは表舞台から離れた深い森の中で静かに鳴り響く、厳かで美しいインディなサウンド。とてつもなくイレギュラーな1年だからこそ必然的に誕生した素晴らしいアルバムだと思う。

2020年は本来であれば昨年リリースされた「Lover」のツアーが組まれていたがパンデミックによりあえなくキャンセル。表舞台の華やかさに取り巻く様々なゴシップから解き放たれたテイラーには更なる曲作りのインスピレーションが膨れ上がっていった。そこで彼女がアプローチをかけたのが今作のメインプロデューサーとなったザ・ナショナルのアーロン・デスナー。アーロンはボン・イヴェールとのプロジェクトであるビッグ・レッド・マシーンの新作などに向けてそれなりの数の曲のアイデアが出ており、またナショナルが昨年リリースしたアルバムは6人の女性シンガーをゲストに迎え、ひとりの女性の生涯を描いたショートフィルムとコラボした作品だった。世界的なポップスターがインディフォークと結びついたのが必然だったのは、こうした背景があったからだ。

サッと聴いただけでは静かで素朴な印象を受けるかもしれないが、背後で聴こえるアーロンによる緻密なエレクトロ/アンビエントな音色が森林をかぎ分けるように奥が深く、幻想的で、時に壮大なスケールを描き出す。芸術的趣向を凝らした音響に溶け込むようなテイラーのロートーンでエレガントな歌声も素晴らしい。一方で、下に載せたスタジオセッションの音源から伝わるように、ピアノやアコギの弾き語りでも成立してしまうぐらいにメロディ自体はポップで聴き馴染みが良い。だからここまでガラッと音楽性が変わっても"テイラー・スウィフトの曲"として受け入れられるのだ。

ステイホーム期間で膨れ上がったインスピレーションの下で生まれた楽曲は曲ごとに描かれている場面も時代も異なる(「cardigan」「august」「betty」の3曲は物語的に繋がっている)が、それぞれが少しずつ関連し合い、フィクションの中にノンフィクションを織り交ぜながら、聴き手にも自由な想像力を与えるように広がっていく。

個人的に特に惹かれたのは、まず先に名前を述べたUSインディ界の最重要人物ボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンをゲストボーカルに迎えた「exile」

膨よかな低域が響くジャスティンの歌声に始まり、2人の歌声が呼応するように熱量を帯びていく。男女が互いを求め合っているように聴こえて、実際は心を通わせられなかった2人の別れを描いているのがとても切なくエモーショナル。

そしてもう1曲が、アルバムの中で特に荘厳で神秘的なオーラを放っている「epiphany」

前半はテイラーの祖父を題材にした戦争に向かう兵士の視点、後半では目の前で人の死を見届ける医療従事者の視点が描かれている。美しいアンビエントな響きと共に、耳を澄ませると心電図のような音も随所で聴こえてくる。時代は違えど、人の生命の危機を身近に感じる時だからこそ生まれた楽曲。不毛に生命が奪われる事態を前に、祈りを捧げるような歌声が心に滲みた。


もちろん今年何事もなくツアーが回れていたらこのような作品は誕生していなかったとは思うが、だからといって「フォークロア」がキャリアの中におけるイレギュラーな作品ということにはならないだろう。次世代のポップスターがどんどん登場する中、30代を迎えたテイラーがアーティストとして更なる進化を求めた結果として誕生した素晴らしい1枚。次作で再びポップな音楽性に戻るとしても、そこには「フォークロア」の経験が必ず根付いて来るはずだ。


、、、と思っていたらその次作が出ました。笑

厳密には次作というか「フォークロア」の姉妹作にあたる1枚。こちらはアーロンだけに留まらずザ・ナショナルがバンドで参加していたり、未だ男性社会なアメリカの音楽業界で共に戦ってきた盟友ハイムも客演していたりと日続き話題だらけの1枚。まだ出て日が浅いので何とも言えないけど「エヴァーモア」の方がアップテンポな曲もあったり抑揚と色彩のグラデーションが感じられて好きかも。このまま聴き続けていたら来年の年末にも登場するかもしれません。


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