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【AOTY2020アドベントカレンダー Day16】 Sufjan Stevens 「The Ascension」

不気味に漂う電子音に、虚しげで囁くような歌声。前作で見せたスフィアン・スティーブンスらしい温かなフォークロックの面影は何処にも残っていない。躍動するビートが迫り、ディレイのかかった歌声が危険を知らせるサイレンのように響く冒頭の「Make Me An Offer I Cannot Refuse」に始まり、不穏さと高揚感が同居したエレクトロサウンドが15曲80分に渡って繰り広げられる。

ゆったりとしたサウンドに平穏と不穏が入り混じる2曲目の「Run Away With Me」からは現実逃避などという甘えを通り越して"此処には居られない"という悲痛なメッセージを感じる。その"此処"というのは彼が生まれ育った場所でもあり、前作以降の5年間に更に混迷を極めたのアメリカという国のことだ。

今作随一のポップな仕上がりの「Video Game」でレトロなシンセの音色をキャッチーに鳴らしながらも、ゲームのプレイヤーの様にこの国に操られることに対して真っ向から抗っている。

どのアーティストに限らず、作った楽曲をワンフレーズで表す言葉を楽曲のタイトルにすることが多いと思うが、今作は特に曲中でタイトルを連呼する(そのどれもがネガティブな響きで)楽曲が非常に多い。

教会のステンドグラスのように煌びやかで神聖なサウンドの「Tell Me You Love Me」では救いの手を差し伸べるように執拗に愛を求め続け、続く「Die Happy」では4分半の中に"I wanna die happy"以外の詞が一切登場しない。その深刻さは計り知れないが、シンプルな言葉であるほど彼の想いが切実で急を要していることが伝わってくる。続く「Ativan」は抗不安薬の名前をタイトルに付け、気を紛らわすようにトランシーなエレクトロニカが繰り広げられる。

その後も時に繊細に時に暴力的なビートを刻むエレクトロナンバーが続く。そのサウンドは心地よく快楽的とすら感じるが、出口のない迷路を彷徨うような歌を聴くと無邪気に楽しんでいて良いとは到底思えない。日本語で"昇天"を意味するタイトル曲「The Ascension」はまさに天へ昇るような儚さをもってスティーブンスの死生観が綴られている。この世界はもう救いようがないと、絶望を通り越した諦めのようにも聴こえる。

しかし彼はまだ諦めていない。アルバムの最終曲にして12分半に及ぶその名も「America」という楽曲を"アメリカのカルチャーが持つ病に対する抗議の歌"として叩きつける。

"あなたがアメリカにしたことを私にしないでくれ"と繰り返される歌。その背後には突如として蔓延したウイルスに根強く蔓延する人種差別、そしてその混沌を鎮めなければならないリーダーの選挙、そしてもっと身近な日々の生活にも取り除かなければならない沢山の病が潜んでいるのだと思う。そしてそれは何もアメリカ1国だけに限ったことではない。自分の身の回りに潜む病の存在に気付き、向き合い、戦った先で、快楽的なトラックを真の意味で楽しみ、心地良い幻想的な世界へ昇天する音楽体験が待っている。

12/1〜12/25にかけて2020年のベストアルバムを毎日1枚ずつ発表していきます。



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