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「パルセイロを好きになりたい」

はじめに。

これはただの一個人の見解を書き殴ったページであり、賛否両論どころか否が大多数かもしれませんが、黙って脳みその中で燻らせるよりは吐き出して可視化してしまったほうが何か得られるものがあるかもしれない、と思って書き残すものです。
ゴール裏で声を張りながらこんなことを考えている奴がいるのかよ、とか、いやいや何も知らないくせに何を言ってんだよ、と叱られることも覚悟のうえで、思い切って言語化します。
ご興味がおありのかたは駄文にお付き合いいただけますと幸いです。



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私は松本市民で、山雅サポで、緑の血が流れている(と思っている)。

それは2017年からのことで、ようやっと6年目に入ろうかというヒヨッコだが、今の私のすべては松本山雅FCを中心に回っている。せめて月に1度はホームゲームのゴール裏へ行かないと禁断症状が出る。荒天の日などは心底行きたくないと思っているのに気付いたらずぶ濡れで歌っている。もはや病気のようなものだ。

松本山雅FCに「感染」し、血の色が日増しに濃くなっていくにつれ、やっかいな合併症が姿をあらわしはじめた。
いわば「橙アレルギー」である。


「好きの反対は嫌いではなく、無関心」という言葉がある。

パルセイロについてコメントする機会があったとき、私はこれまで「好きでも嫌いでもないです」と答えてきた。
パルセイロサポーターの知り合いもいるし、長野市民の友人もいる。嫌いなわけじゃなくて、関心を持たないようにしています。

なんて言いながら、内心なぜか良い気はしなかった。
無関心なら、移籍した選手が活躍したって、決勝で負けたって、長野サポーターが歓喜するのを見たって、ただ悔しんで終わるだけで、こんなどす黒い気持ちになることはない。

直視したら、嫌いになってしまう。
そんな気がずっとしていた。だから、わざと避けて通る。
だけど、避けて通れなくなったら。



「AC長野パルセイロ」というクラブのことを私はほとんど知らない。

そういうクラブが北のほうにあって、長野市を拠点にしていて、どうやら松本山雅FCとは相容れない関係らしい。
山雅サポになったとき(あるいはその前から)、誰もがどこかで必ずそのことを知る。私も例外ではない。

血の色が緑に染まるにつれて、松本山雅FCの「沼」に自ら潜っていくと、そこには切っても切れない関係性があることを知る。

何を積み重ねて松本山雅FCの今があるのか。かつての長野エルザとどんな関係にあって、当時の人々はどんな思いで、何と戦ってきたのか。その人々は、今は何を思うのか。
そこにあるのは松本山雅FCへの愛だ。松本山雅FCがいかに這いずり回って立ち上がって今の姿を成したのか。こんなに広く愛されるようになるまで、どんな茨の道を通ったのか。その愛が沼いっぱいに満たされて、その上澄みを美しいと思って飛び込む人は後を絶たない。
そして深く潜れば潜るほど、水底にわだかまっている闇があることを知る。

なんて格好つけて書いてみるものの、私は当事者ではない。
だから、聞いて知ることしかできない。聞くべきだと思い、知ることで胸を打たれ、このクラブのサポーターの一員になれたことを誇りに思い、足繫くゴール裏へと通い詰めている(そんな大層な理由はさて置いても、ただ歌うのが大好きだから行く)、それが今である。

そうしてますます緑の血を濃くし、この一体感を感じられることを幸福に思う。


では、その思いの裏にある「AC長野パルセイロ」というクラブのことは、どれだけ知っているのか?
何も知らない。ただ「長野市にある、相容れない存在」としか。


「かつて何があったか」は、もちろん聞いた。
しかし、それはあくまでも「松本からの視点」に過ぎないし、その松本サポーターとて、決して深堀りされたい話ではないのだろうと思っている。

「知るべきだ」と思うのはあくまで聞く側の気持ちでしかない。
もしも私自身が昔を知る立場だったなら、せっかくの新しいサポーターに好き好んで因縁を背負わせたいとは思わない。

そして、仮に長野サポーターの視点から同じ話を聞く機会があったとして、「こっち側」の私にどれだけのことが理解できるだろうか。あるいは、どれだけのことを話してもらえるだろうか。


私は当事者ではない。本当の本当に何があったか、どんな理由があったか、今も誰がどんな思いを抱えているのか、なんて、すべてを知ることはできない。

それが、「好きでも嫌いでもないです」と答え続けてきた理由である。



私は中信に生まれ育った。松本の高校に通った。「どうして県庁所在地は長野市なの?松本が真ん中なのに」と何度も思った。長野に東急ハンズができたときは悔しかったし、ヨーカドーにLoftが入ったときは「してやったり」と思った。長野高校と松本深志の偏差値を比べたのは、我ながら性格が悪い。

でも善光寺の御開帳には行く。長野駅前の平安堂が縮小移転したことは未だに残念だし、八幡屋礒五郎の七味は県外の友人に必ず配る。
きれいになった長野駅には好きなお店がたくさん入っている。

どうしてパルセイロのことは好きになれないのだろう。
好きになれるかもしれないところを見つけようともしないで。


何も知らないまま「好きじゃない」ということを私はしたくない。
それは本当に私自身の感情なのか?「山雅サポだからパルセイロとは犬猿の仲であるべき」、そんな価値観がどこかにあるんじゃないか?
そんな胸のつかえをずっと抱えている。

パルセイロにだって素敵なサポーターはたくさんいる。良い選手だってたくさんいる。
私たちが応援してきた選手が何人も移籍先に選ぶのだから魅力があるに決まっている。
そういう事実から目をそらして、脊髄反射のように「好きじゃない」と私は言えない。
仲良くしたい、とか決して思っていない。でも、相容れない部分があるからって、好きなところを探してはいけない理由にはならないと思っている。


私が山雅サポになって6年。
初めて、山雅がパルセイロに負けるところを見た。

まず脱力した。あっけないな、と思った。
感情らしい感情がないまま雨に打たれて、表彰式が始まり、対面のゴール裏が沸き立つのを見て、
もう、無性に腹立たしくて仕方なくなった。
他のクラブではこんな感情にならない。どんなにひどい負け方をしても、どんなに納得のいかない試合でも、勝利した側が歓喜するのなんて当たり前のことだ。

なんで私はパルセイロだけ好きになれないんだ。


もう避けては通れない。いよいよ知るしかないのだ。
パルセイロの魅力をちゃんと知りたい。ちゃんと知って、良いところも嫌なところも全部直視したい。

素敵なところもたくさんあるって認めたうえで、「俺らが信州」って言葉をぶつけたい。


どうしてできなかったのか。それはきっと、山雅を嫌いになるのが怖いからだ。
「パルセイロが嫌い」と緑の血が言うのと同じように、山雅の嫌な部分を橙の血に見せつけられるのが怖かったからだ。

でも私は山雅サポだ。死ぬまで辞めるつもりはない。
だから、松本山雅FCによりいっそう魅力的なクラブでいてもらいたい。
「俺らが信州」と胸を張るに足るクラブであってほしい。

松本山雅FCには、AC長野パルセイロに優るクラブでいてほしい。

山雅が負けたのは山雅の問題であって(もちろんパルセイロのほうが一枚上手だったというのも含めて)、その悔しさでパルセイロを下げるのはきっと間違っている。



AC長野パルセイロはきっと良いクラブだ。今まで私はそれを直視できなかった。
でも、「それでも山雅のほうが良いクラブだ」と、真正面から言い続けたい。
そのためには山雅に負け通してもらっては困るし、もっともっと素晴らしい雰囲気のスタジアムにならないと困る。

勝ちたい。選手が勝つところを見たいんじゃない。当事者として戦いに勝ちたい。そして、大いに悔しがってもらいたい。存分に憎まれ口を叩いてもらいたい。
こんな汚い感情になるのは信州ダービーのときだけだ。ああ、今ごろ、橙のサポーターたちはさぞや胸がすく思いでいるんだろう!腹立たしい!!

ブーイングってこういう気持ちでするんだな、なんて冷静に考えて、ものすごい負け惜しみを言っているようで悔しくなる。
またひとつサポーターの階段を上ったような気がする。
負けてよかったとは言わない。でも、この負けを意味のある負けにしたい。


「パルセイロだけには負けられない」、負けたままでは終われない。

憎いからこう思うんじゃない。慣れ合いたくて「好きになりたい」とか薄っぺらく言いたいわけじゃない。
「山雅よりパルセイロのほうが優っている」、そんなふうに思ってしまったからこそ悔しくて、真正面からそれを認められるサポーターでありたい。

認めたうえで、きっちり勝って、「俺らが信州」って歌いたい!!!


このどす黒い胸の内を一週間煮詰めて、来週のUスタでぶちまけたい。


[了.]


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