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敬愛する田中隼磨選手の現役引退に寄せて


2017年、私が初めて買ったユニフォームの背番号は「3」。

その足でレアルスポーツからかりがねサッカー場に直行し、タグも切らないままのそれを差し出してサインを求めた。いま買ってきたばかりなんです、と口をついていた。

「まじですか。素晴らしい」

いまにも降り出しそうな曇天だった。ファンサの待機列に並んだ記憶がないほど、その日の見学者はまばらだった。嫌な顔ひとつせずに足を止めて、手慣れた様子でまっさらなユニフォームに魂を入れてくれた日のことを、私は今でも鮮明に覚えている。

松本山雅FCのサポーターになると決めたとき、私が着ようと思ったのは12番ではなく 3番だ。

私は、その生き様を尊敬している。同じ気持ちでアルウィンに立ちたいと思っている。
推している、とか、応援している、なんて言葉では足りないくらい、重すぎて誰にも言えないほどの憧憬を抱いて、田中隼磨という人物を敬愛している。

その気持ちがこれからも変わることはない。その一部を、いま、このタイミングで書き記しておきたいと思った。


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私は、サッカー観戦が好きだったわけではない。
松本山雅FCのサポーターになった入口も、友人たちの会話に混ざりたかったからだ。

松本山雅FCというサッカークラブを知るために、田中隼磨選手を避けては通れなかった。始まりはただそれだけだ。地元出身のJリーガーが地元のJクラブに所属する、それがどんなにすごいことかなんて、ちっとも分からなかった。
山雅の観戦にタオマフは必須だよ、というのと同じくらいの気軽さで、「山雅のことを知りたいなら、隼磨さんのことも知らなくちゃ」と思っていた。

今や私にとって聖書のようなこの本を、はじめて読んだときは内容がさっぱり分からなかった。
なんのサッカー知識もなく、選手の名前も用語も知らないのだから当然である。

それでも強烈に分かったこと。それは、田中隼磨という人がいかにストイックで、並々ならぬ向上心の持ち主なのかということだ。

毎日のように叱咤激励されたのは本当にありがたいことだし、何より自分も一方的に言われっぱなしでは悔しい。だから「何くそ」と思って、怒られた後には「次は絶対にいいプレーをしてやろう」と奮起した。
闘争心 p98
それだけハッパをかけられたからこそ「何くそ」と奮起して、ただひたすらに良いプレーをしようと心掛けた。それもさらに成長する原動力の一つだったのかもしれない。
闘争心 p156

「何くそ」という言葉がたまらなく苛烈で、私も事あるごとに心の中で唱えるようになった。

人生に何度もおとずれる試錬。私自身も、隼磨さんほどではないにしろ、逆境だらけの人生だ。それを誰かのせい、環境のせいにすることは容易いが、この本には全くと言っていいほど負の感情の発露がない。書かれているのは、打たれれば打たれるほど奮起し、ただ自分を磨いていく姿のみ。周りの人々に感謝し、その期待に応えるため、ただ自分に課せられた使命を全うするために闘う姿勢。

できる最大限の努力をして、それを「当然のこと」と更なる努力を重ねる姿を見て、私も今の私にできる最大限の努力をしようと、いつも掻き立てられていた。

サッカー選手としてのみでなく、一人の人間として、田中隼磨という人物を尊敬している。

この人のようになりたい。この人と同じ心を持ち続けて、私も自分自身の人生を磨いていきたい。
この人が走り続ける姿に恥じないよう、胸を張って精一杯の自分でいられる努力をし続けたい。

その気持ちで、私は 3番のユニフォームを着ることを選んだ。いつか彼がピッチを離れる日が来ても、私はずっと田中隼磨という選手をリスペクトし続けるという思いを込めて。
彼がピッチを駆ける姿に、その背中に負っているものを想像しては、いつも励まされていた。

私たちが俯いてどうする。隼磨さんは諦めたことなんて一度もないじゃないか。


だから、この言葉を聞いたとき、返す言葉に詰まってしまった。

あの強い隼磨さんが、どんな試練も「何くそ」と乗り越えてきた田中隼磨選手が、いったいどんな想いでこの言葉を口にしたのだろう。




いつから、その二文字が胸にあったのかは分からない。
いつかは、必ず訪れる日だと分かっていた。

それでも。「今ではない」と、いつも思っていた。

その強い精神力で、どんなに細い希望でも、いつも隼磨さんは繋いできたのだと思っている。その先にあったものが、田中隼磨という選手の飛躍であり、松本山雅FCのJ1昇格であり。
J3リーグのロゴが入った「H,TANAKA」のユニフォームに袖を通すたび、こんなんじゃ悔しいといつも思っていた。

ああ。もう、アルウィンのピッチで隼磨さんを見られるのは、これで最後かもしれないなんて。

どんな顔をして行けばいいのだろう。どんな感情でゴール裏に立てばいいのだろう。「おお、田中隼磨、松本の誇り」。このチャントをありったけの想いで叫ぶことが、いま、私にできる精一杯だ。


あなたが引退するのはJ1の舞台がよかった。
緑のユニフォームを着て、トップリーグの舞台で、シャーレを掲げることはできないかもしれないけれど、それでも「何も悔いはない」と胸を張って引退するあなたが見たかった。

それが、それだけが私は本当に悔しい。どんな思いで引退を決断したのだろうと、その胸の内を思うと悔しくてたまらない。あなたが最後に見たかった景色はここではないはずだ。
誰のせいとか、何が悪いとか、そんなことを言うつもりはないけれど、ただその事実がひたすらに悔しいのだ。


でも、それをいくら嘆いてもしょうがない。

いちサポーターに過ぎない私にできることは、これからも3番を着続けて、松本山雅FCの応援を辞めないことだけだ。
いつかまたこのクラブがトップリーグへ返り咲く日を信じて、彼がマツさんに見せたかったその景色が、いつか松本で当たり前の光景となる、その未来のために。

私が着るのは松田直樹ではなく、田中隼磨の3番だ。


その誇りを背に、私はアルウィンに通いつづける。
今までも、これからも、いつまでもずっと。

『おお、田中隼磨、松本の誇り!おお、田中隼磨、俺たちと走り出そう』

ありがとう。この街の誇りを胸にあなたが駆け抜けた日々を、その先にある夢を、これからも繋いでいきたいと思う。


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