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わたしとinnocent worldと嶽本野ばらと 「ハピネス」読書感想文

嶽本野ばらの「ハピネス」を読みました。

映画化の公開を控えているため、様々な書店で文庫が平積みにされています。この小説の初出を調べてみれば(サンキュー!Wikipedia)2006年7月14日刊行、2010年に文庫化されたそうです。発売から18年を経ての映画化、いいですね愛や恋の物語は平成から令和になっても変わらないんですね……って。

ちがうんです、私が言いたいことは、そういうのじゃなくて。
この作品はつまり、2005年とか2006年とかの日本が舞台だってことです。

私はちょうどその頃、どっっっっっっっっっぷりinnocent worldにハマっていたんです。

ああ、こわい。これがどういうことかわかりますか?

ハピネス

十七歳の少女に、余命一週間が告げられる。
彼女は自分あまりにも短い残りの人生を、自分らしくめいいっぱい生きていく。今まで憧れていたけれど踏み出せなかった「ロリータさんデビュー」のため、innocent worldというブランド(メゾン)で全身を身に包み、恋人とデートし、セックスをし、学校へ行き、大好きなカレーを食べる。
彼女の恋人である主人公は、そんな彼女の隣で一緒に一週間を過ごす。

こういうはなしなのです。
わたしは、人の死で涙を誘う話は嫌いです。なんなら恋愛小説も嫌いです。それでも嶽本野ばらの作品を時々(本当に時々ですよ)読んでしまうのは、これはもう野ばらちゃんが私の根っこの形を作ってしまったからと言わざるを得ません。

推理小説しか読まず、ザ・オタクみたいな身なりだった私が、高校の図書室で出会った「ミシン」、そして「エミリー」。どれだけこの2冊に衝撃を受けたことか。
この話をすると長くなるので、今回はやめます。

とにかく。嶽本野ばらと出会った私は大学進学を機に上阪し、当たり前のようにアメリカ村へと足を踏み入れたのです。アメリカ村の様々なロリータ、ゴシック、PUNK、つまりはKERA!系のお洋服を身に着けながら、いつしか私はinnocent worldに出会ったのです。
ヴィレッジヴァンガード心斎橋店の隣の、どう見てもただのおしゃれなマンションにしか見えない建物の五階。そこはわたしの聖地でした。

まさに2005年とか、2006年とかのおはなしです。

innocent world

ロリータファッションには種類があります。今のコ達がどういうかは詳しくないですが、甘ロリ、ゴスロリ、そしてクラロリ(クラシカルロリータ)なんてものが大きな主流です。
innocent worldというブランド、いやメゾン(嶽本野ばらワールドではだいたいメゾンというのだ)はクラシカルロリータの代表とも言うべきメゾンでした。レースもフリルもあしらわれても豪奢すぎず、可憐に愛らしい、まさに「クラシカルなお嬢さん」のようなお洋服が特徴です。

ロリータファッションといえば原宿!というイメージですが、innocent worldは大阪が発祥の地で、本店も件の心斎橋店です。
今でも覚えています、大阪の中央公会堂で行われたファッションショー。あのとき私はもう東京に住んでいたのですが、大阪まで足を運び、中央公会堂のレトロな雰囲気とinnocent worldのお洋服のあまりのマッチっぷりに感動を覚えたものです。

大人気だったinnocent worldは、心斎橋本店、原宿店、そして一時期は梅田店(大阪)、新宿店(東京)、そして各地のKERAショップなどのセレクトショップと多数の店舗を抱えていました。
梅田店は私が大阪に住んでいる頃にオープンし、オープン記念でお買い物をしてノベルティのリボンヘッドドレスを頂いたのを覚えています。まだあるかな、あまりに気に入って頻繁に使っていてへたってしまったのですが。

ハピネスは、まさにこの頃のinnocent worldを描いています。
作中で描かれる原宿店、そして心斎橋の本店が、まるで昨日遊びに行ったことのように目に浮かびます。

残念ながら、現在innocent worldは実店舗をすべて閉めてしまいました。

失われてしまうもの

ファッション業界のあれこれや、ロリータ業界のあれこれ。コロナ禍、材料費の高騰、少子化、そういうのらしいですが、よくわかりません。
私は今はロリータ以外のお洋服も大好きで、当時の嶽本野ばらの言う乙女ではありませんし、とにかくもう、年を取ってしまいました。
だからロリータの服を着ないのか?といえばそんなこともなく、クローゼットにはLILY BROWNのワンピースと並んでEmilyTempleCuteのJSKがかかっていますし、去年買ったMILKの兎と鍵のモチーフのネックレスはお気に入りです。

innocent worldもブランドが消滅したわけではなく通販でオンライン購入が可能です(とはいえ制作数をかなりしぼっているようで、あっという間に予約完売で変えた試しがないですが)。ハピネスの作中で主人公が身につけていた、アルゴンキンとかPEACE NOWはもうブランド自体が存在していません。

20歳過ぎの頃の自分が何を考えていたか。
正直あまり覚えていないのですが、ハピネスを読んだときにぶわぁっとアメ村をinnocent worldのお洋服で歩いていた頃の情景が浮かび上がったのです。

どうでもいいはなしなんですが、つい先日、むかし使っていた手帳からスルッとKANSAIの使用済カードが出てきました。
令和になってもう五年も立つというのに。

今発売している三田文学に嶽本野ばらの新作「こんにちはアルルカン」という短編が掲載れています。これは六十歳で定年を迎える主人公が、いままで可愛いものを自分で身につけることをしなかったのに、心斎橋の(またアメ村だ!)ATELIER PIERROTでお買い物をする話です。
こちらには2005年よりももっと古い、私も知らないなんばの光景も出てきます。プランタンなんば(2000年完全閉店らしい、知らないわけだ)で購入したCOUP DE PIEDの靴を大事に履き、新しくATELIER PIERROTでワンピースを購入する主人公。こちらも大変素敵な短編でした。

ロリータファッションが世に出て、もう二十年以上。
なくなったものと、まだあるもと、これからもあるもの。

私はその全部を身に纏うことができる世代なのです。

おわりに

という、まったく個人的な感傷が詰まりまくった「ハピネス」でしたが、2005年にinnocent worldを着ていなかった人がどういう感想を持つのかは、まったくわかりません。
人の死で涙を誘う小説は好きではありません。

でもまあ、野ばらちゃんだからいっか。


※そして私が好きだったのはイノワでも可愛い路線のお洋服なので、割と主人公の服の趣味とは違うのだった。それはそれ。

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