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【読書記録】アリスの人生学校 ピエール・マッコルラン

ピエール・マッコルランの「アリスの人生学校」を読みました。

「稀代のスパンキング小説」と噂に名高い本作は1953年に「奇譚クラブ」臨時増刊号第7巻13合成に掲載されたものです。私が読んだものは2002年に学習研究社から出版されたハードカバーです。
学研のロゴがついた本の折り返しはでかでかと「幻の傑作ポルノグラフィーを、ここに発掘紹介する!」と書いてあるのですが、まあなんとも言えず乙なものです。

おはなし

「アリスの人生学校」は第一部「純潔教育」と、第二部の「貞操教育」で構成されています。

物語は19世紀末もしくは20世紀初頭と思われる時代。人口2万人ほどの田舎町リュナンシイで事件が起きるのでした。主人公のアリス・ミューレイは両親を亡くし、弁護士である伯父のルグリヨン夫妻のもとで生活をしていました。
弁護士の夫は家の諸々が嫌でなかな帰ってくることもなく、実質的屋敷を取り仕切っているのはルグリヨン夫人でした。夫人は町の保守派のなかでもドがつく保守派。カトリックの教えを守っている(?)ていで、美しい姪に徹底的な教育(純潔教育)を行います。貞淑な女であれと、そして相応しくない(とルグリヨン夫人が思う)行為には鞭で仕置をします。

そんな中、アリスは親友である少女イザベルからヴォルテールの書いた「カンディード」という一冊の本を借り受けます。その本は保守派の大人たちにとっては「マジでガチでけしからん」レベルの破廉恥な本なのですが、アリスはそれまでの箱入り育てられもあり、カンディードの世界にすっかり夢中になってしまいます。そして、あまりの興奮にその本をお友達の少女に又貸ししてしまいます。そしてその少女はまた次の少女へと……。そんなことが続く訳もなく、本は見つかりアリスの失態も伯母にバレ、今度はまた酷い折檻を受けることになるのでした……。

というのが、第1部「純潔教育」です。
第2部の「貞操教育」では、アリスは年老いた醜い、そしてルグリヨン夫人よりもヤベー性癖持ちの男に嫁に行き、その男の館に半ば軟禁され責め苦を受けることになるのです。

魅力的なキャラクター

「アリスの人生学校」、メッチャクチャ面白かったんです。その面白さは大きく分けてこんな感じです。

・鞭打ち、スパンキング(手)での責めを受ける美しい上流階級の娘たちの苦悶と痛みがいい
・アリスはもちろんとして、生き生きとした少女を始めとした登場人物がみんな個性的で良い
・19世紀ヨーロッパのカルチャー(特にお洋服まわり)がめちゃくちゃ興味深い

一番上の鞭打ちでの苦痛に呻く美少女の苦悶、はもうそのままです。カンディードを読んだ罰で、はたまた何かと理由をつけてはルグリヨン夫人はアリスを鞭打つのです

「仕度おし!」
「ゆるして! ゆるし……」
「仕度おし!」
 鋭い響きを立てて、鞭がアリスの手を打った。それですすり泣きはいっそう激しくなった。それでも彼女は従わなければならなかった。
 ああ、なんという残忍な凌辱だろう! なんという忌まわしい苦悩だろう! なんというみじめな屈辱だろう! 若い娘にとっては、死んだほうがましだった。だが、死は当人の望むときにおとずれるものではない。ましてや継母の折檻のときには! なぜなら継母が犠牲者に望むのは苦悩であって死ではないからだ。

万事がこんな調子です。小気味のいい翻訳で描かれる鞭打ち、アリスの涙、そしてルグリヨン夫人の楽しさ、快感。いやあ、楽しい。最高。

また、アリスの親友のイザベルと、彼女の家に仕える召使いのマリアがとても素晴らしいキャラクターなのも大好きなポイントです。
マリアはイザベルと同い年で、赤毛の美しい少女です(ルグリヨン夫人に言わせると、召使いが美しいのはとんでもないことだそうです)。農家出身のマリアは、下町の女の子のように溌剌な明るさがあります。ルグリヨン夫人がカンディードを突き返しに家に来た際なんて、夫人が馬車に乗って帰るさり際にアカンベーをしてみせる、そんな子です。マリアかわいいよ、マリア。カンディードは実際、マリアがイザベルに貸したものなのですが、この2人は主人と召使いという関係を超えて中のいい姉妹のような、友人のような関係にあります。
カンディードの件で、イザベルを仕置しないわけにはいかなくなったパパ・ブールエ氏は自分が娘を叩くのではなく、マリアに仕置をさせることにしました。が、それはとんでもないことを引き起こすのです。

ヴォルテール事件以来、彼女は一週に一二回、こんな遊びに耽るようになっていた。ときにはマリアを叩く場合もあるが、大抵はじぶんが叩かれる、どっちの場合も楽しかったが、赤毛の小間使いの強い手でお尻を紅く染めてもらうときには、うずくような快感が全身を駆けめぐった。
(中略)
 多くの場合、遊戯はそれだけではすまなかった。下穿きを上げ、スカートをおろしてから、二人はかたく抱き合ってキスをした。どちらも相手の美しさに酔っていた。彼女たちは子犬のようにからだを擦り付け、乳房をいじり、もっと神秘的な場所をまさぐって、お互いの唾をのみくだした。

あ、あああ~~~~~~!! お嬢様がた、お嬢様がた~~~~~!?!?!?!

こうしたイザベルとマリアの女同士の友人間での自由な快感と遊び的な行為を読むと、アリスの「純潔教育」での折檻の厳格さがよりくっきりと浮かび上がってきます。

アリス・ミューレイは物語を通して「美しい少女で泣き虫。まるで虐めてくれと言わんばかりの存在」として延々と描かれています。実際の被虐の対象として、まさにアリスはぴったりなのでしょう。
しかし、彼女以外の生き生きと明るいリュナンシイの少女たちが存在していることがよりお話が面白いのだなあと思います(まあポルノにおいては「性的に発達した庶民の女」って大事と言われればそれまでなんだけど)。

リュナンシイにおいて、ルグリヨン夫人は「保守派」の代表のような人物ですが、保守派に対抗して「共和派」も存在しています。第2部ではイザベルパパのブーリエ氏がマリアと結婚して、「召使いを後妻にした」なんて保守派のみんなが卒倒しそうな事件により、共和派のみんなと仲良くなります。それが可哀相なアリスを救い出す一つの鍵にもなるのです。

作者がすごい

なるほど面白かった、と満足気に解説を読みだしたところで、わたしは「はえ~~」と思うのです。カンディードは実在の本なのね(教養がないのが丸わかりの発言)。

騙されてブルガリア連隊に編入させられたカンディードは、脱走を試みて捕まり、連隊中の兵士から鞭打ちの刑罰を喰らう。ブルガリア(プロイセンのアレゴリー)とアバリア(フランスのアレゴリー)との合戦の際、戦闘の混乱に紛れて再び逃げ出したカンディードは、戦場の至る所で、両軍の兵士により虐殺された市民の死体を目にする。血まみれの乳房を子どもにふくませたまま死んでいく女性や、陵辱後に腹を裂かれて死んでいく娘たちを見る。

すごそう。

詳細は解説を実際に読んでいただきたいのですが、政治風刺・社会風刺の物語「カンディード」を、まるで禁書のエロ「鞭打ちモノ」本のように描き、また第2部では中世の家政書をアリスへの性的虐待の正当化に使われる、夫への忠誠が妻としての当たり前だよ本とし(「メナジイア・ド・パリ」をもとに「メナジイアの妻」であることをアリスは強制される)しているのです。

解説ではこれを「マッコルランによる換骨奪胎」と言っています。

2冊の本をもとに、こんなに面白い鞭打ちユートピアポルノグラフィーを仕立て上げる、なんてすごいんだ!

おわりに

第1部は読みながらとにかくお尻が痛くなるし、第2部は生命の危機を感じる話でした。

といいつつ、話自体のエンディングはとても後味もよく、読後感も良い作品でした。

手に入りにくい本ではありますが、めちゃくちゃオススメです。

それにしても、鞭打ち・被虐の対象となるのは15歳から18歳くらいの美しい少女がふさわしいものであるなあ、としみじみ思います。先日読んだ「オルガスマシン」なんかもぼんやり思い出すのです。

どうして人間は成長しちゃうんでしょうね。
はあ、少女の頃にかえりたい。

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