1年ぶりに訪ねた いまの能登
「窓を閉めて!」
輪島市内は公費解体で砂埃とも粉塵が舞っている。人気のない民家の入り口に割れた瓦の瓦礫。外装は大丈夫そうなのに内装が厳しくもう住めないだろうという。
1年ぶりののと里山空港。
前回訪ねたのは2023年11月。震災から11ヶ月後になってしまいました。
9月に訪ねる予定が、その直前に水害に見舞われてキャンセルしました。
空港から輪島市内までの道路はぼんやりとみた様子は変わりません。
違うのは、市内までの道行く車両にトラックが多いこと、市内までの道が渋滞していること。
よく見ると、山が崩れ、茶色の土肌の斜面に木が1本、留まるように這いつくばっています。
公費解体を3週間前に終えたというお家を訪ねさせてもらいました。
広い土地の一角に震災の遭った直前に完成したというお茶室がひっそりと残っています。
鴨が浦の海辺からは、文化遺産の塩水プールがなくなっていて、代わりに海中にあったテトラポットが道のように連なって見えました。大量の流木も寄せられていました。
能登は元々海底が隆起して生まれた土地だから、「新しい景色ともいえるんちゃう?初めて輪島を訪ねた人はそう思うかもしれんやろ」。友人は海を見ながらそう話してくれました。
宿泊したのは輪島市内、輪島市役所に程近い民宿でした。
1月の震災後、「泊めてほしい」という多くの声から2月に再開されたそうです。
今は1週間、1ヶ月単位で仕事で来られている方々が大半だそうです。
以前に泊まった温泉のあるホテル・輪島メルカートは全壊で閉められていました。
私の大切な友人、桐本順子さんのご自宅を訪ねました。3週間前までご自宅があった場所でした。公費解体は早い方で、まだ全体の1割、来年10月まで公費解体は続くのだそうです。輪島市内には水害に遭われた多くの地域があり、知人が住む地域は危険区域に入られていると聞きました。
飲食店は閉じられたお店も多く少ないと聞きました。
そんな中、新しい動きもあります!
大阪で修行し、能登の食材に惚れ込んで能登に移住されたという「割烹 くわぐみ」さん。ぶり大根の鰤と大根の炊いたんは出汁の加減が最高に美味しく、能登の恵みを存分に生かされたお料理でした。
2024年の末広がりの日8月8日にオープンした飲食店「mebuki」も、地産地消の新鮮なお野菜、お魚をいただけるお店でした。和食、イタリアン、中華それぞれのシェフが集ったというのだから間違いないのです。鮮度抜群のするめイカと地蛸の美味しかったこと!ジェノベーゼのパスタも絶品で、輪島の日本酒といただきました。
ここには書きづらきことや自分が感じたことがあります。正直何を書こう…と迷いました。ニュースで見聞きした妄想の中の輪島と、自分が感じたことはだいぶ異なりました。これから会う友人にお話しできたらと思っています。繋がっている友人の皆さま、お話させてください。
また能登に、輪島に行きます。