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「貴女が私を人間にしてくれた」届木ウカ著

 一山も二山も作っている積読を、もそもそ崩し始めたのですが、初っ端からまさかこんな作品に出会うとは。

 この作品はVtuberが流行っている正に今、この本の言いたいことが読み手に伝わる”旬”な作品です。あまり感想が見当たらなかったので、自分で書いてみることにしました。

1.掲載誌について

本題に入る前に、まずこの小説が寄稿された媒体についてお話します。

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 この作品はSFマガジン2月号「百合特集2021」に掲載されたものです。SFマガジンの百合特集は前回、物凄く話題になった企画で、今回はその2回目。

 僕はというと、発売が発表された段階で予約をするくらいには、元からこの百合特集に期待を寄せていました。ただこの時点では、恥ずかしながら、「届木ウカ」さんという人物を存じてなく、『Vtuberの方が小説を書くのか。時代だね。』くらいに思っていて、幾つか先に読んだ後、どんなもんかと正直、特に期待もせず読み始めました。それが正にしてやられた・・・。というわけです。



2.作品のあらすじ

さて、まずはどんな作品かをご紹介します。

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 高校の「未来アイドル部」に所属する、愛依・真依・実依の3人は生まれた時からアイドルだった。彼女たちの頭上には常にドローンが飛んでいて、その一挙手一動足がカントク(ファンの総称)にリアルタイムでモニタリングされている世界。つまり、ベッドやお手洗いを除いた生活全てがアイドル活動の範囲となっている。

ファンはまるで友人のように、親のように、そして恋人のように、私たちの成長をどんな時も見守ることができるのだ。

 24時間監視されている中、部活動では何をするのか?それが正に今のVtuberと同じ配信活動だ。もちろん、配信内容もカントクと相談して決める。つまり、どうやってアイドルを売り出していくのか?をプロデュースできるのだ。

 こうして日々、”最高のアイドル”を目指し活動している最中、愛依は同じく高校生のシンガーソングライター「アキラ」と出会う。アキラの歌声、存在感に魅了され、恋をした愛依はなんとかしてアキラとの関係を作りたいともがくが、この監視下の中、打つ手が無い。

ところがそんな愛依にアキラがある提案をする・・・。


『カメラの死角で音声を伴わないやり取りをすれば、内緒話ができる』


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 あらすじを読んでいただけたらわかるように、どことなく昨今のVtuberをテーマにしてるのではないかと感じさせるエッセンスがあります。ただ掲載誌が「SFマガジン」なので、『SFはちょっと・・・』と思う方もいるかも知れませんが安心してください。かなり読みやすいです。

 じゃあ、『そんなにSF色は無いんだ・・・』と残念がっているSF好きの方、安心してください。ラスト2PはがっつりSFです!もちろん百合特集なのでそこも外してません。



3.この作品を読んで感じたこと

 ここからが本題です。一番初めに述べたように旬の作品なので、その部分と絡めながら感想を書いていきたいと思います。まずはこの部分。

アイドルが笑って、はしゃいで、努力して。そういうのが実際、カントクたちも喜ぶもん。
カントクたちが配信で喜んでくれるから、真依はゲームが好きになったし、実依はおてんばに振る舞うようになった。私は真面目でみんなのリーダーだった。

 Vtuberに限らず、配信者やアイドルは常に視聴者のニーズを考えてコンテンツを配信していますよね。一見、本人がやりたいこと、好きなことをやっているように見えても、実際はその中に、盛り上がるポイントを作るものだと思います。

 Vtuber界隈の話で言うと例えば、「てぇてぇ」なんかの百合要素がそうですよね。もちろん、全てが狙いありきでやっているというわけでは無いにしても、一定数、それを求めている視聴者がいるからそういった話をすることで、更にコンテンツが盛り上がる。

 あとは「○○虐」も同様に、求めている視聴者がいるからコンテンツとして活きるんですよね。本来、大きな力量差があり、一方が負けている様子を見せられたら、視聴している側はあまりいい気がしないものですが、そこにこの要素が加わるだけで一つのコンテンツに昇華できるわけですね。

 こうした”キャラ付け”をすることによって、配信者側も視聴者側も雰囲気がわかりやすくなり、わかりやすいということは新規層が入ってきやすくなる。

 ただ、今回この小説が言っているのは、こうしたものを”求めすぎていないか?”ということなんだと思います。

 視聴者側として、その方が見ている側は楽しいのでどうしてもこうした展開を求めてしまうというのがありますよね。でもそれがラインを超えたものになってしまうと、押し付けとなってしまい、それが”カントクたちの喜ぶもの”として、いつしか嫌々やられてしまうようになってしまう。『はいはい。これが見たかったんでしょ?』って。果たしてそれは本当に視聴者の見たかったものなのでしょうか。


次はこの場面。

二十四時間見世物にされるなんて、新しいコンテンツなんてモノじゃない。水槽の中の魚と変わらない

 当初この作品を読み始めたときには『なるほど。こういう未来もあるな』と思いましたが、この文章を見たときにはっと気付かされました。

 芸能人やアイドル、配信者には「有名税」なんて言葉がつき纏うように、『有名人なんだから少し位我慢しろ』という論法は結構見られるものですよね。

 確かに、言いたいことはわかりますし、一方では正しいと思います。少なからず、こうしたものを生業にする方々は、ある程度、こうしたリスクは覚悟した上で目指しているのでしょう。でもだからといって、何でもかんでも我慢しなければいけないわけではないと思います。

 わかりやすいところで言えば”恋愛”がそうですが、アイドルや声優が恋愛もしくは異性の影をちらすかせるとそれだけで問題に上がることがありますね。ホストなどの職業と同じように「夢を与える仕事」でもあるので、その事自体が総じて駄目ということではない。それどころか理解できる反応です。

 然しながら、アイドルや声優の方々も人間ですので、恋愛の1つや2つはするし、異性の人とも遊んだりするでしょう。そうしたことも出来ずに、ただ愛でられる存在であり続けなければならないのであれば、それは正に”水槽の中の魚”と何も変わらないですね。



 最後はこの場面。全文を引用すると少し長くなってしまうので一部、纏めています。

先天性の疾患で植物状態になった赤子の脳とコンピューターと接続し、VR空間で生活をさせる。喋らせる。歌わせる。そうすることで「中の人バレ」や「引退」をなくす。老衰による引退もなく、歌うことをやめることができない状態。
彼らが視聴を、応援をやめることは、真依と実依の死(引退)を意味する。

 上記、”水槽の魚”の完成形がまさにこれではないでしょうか。現代の近いところで言えば「初音ミク」が思い浮かびますね。発売から10年以上が経過した今も人気を維持し続けているその要因は、常にユーザーの求める形で有り続ける事ができるどころか、異性関係等で期待を裏切ることもないし、引退もない。ある種、終わりのない完成されたアイドル性なのではないでしょうか。

 VRが一般化してきた昨今、もしかすると今後、初音ミクが人間のような知能を手に入れた場合、それに対抗できるアイドルはきっと居なくなるでしょう。そんな未来が少し見てみたい気もします。

 でもそれが良いのか悪いのかは正直判断が付きません。「推しは推せる時に推せ」という言葉があるように、いつだって”引退”という二文字がちらつくからこそ、その存在に価値が生まれている部分がきっとありますし、推している存在が仮に引退して『悲しい・・・』と言っていても、次の日には別の人を見て、応援していたりするわけじゃないですか。

 そうしてコンテンツが循環していくんだと思うんですが、それが一極集中になってしまうってことですよね。でもよくよく考えてみると、何十年も前のアイドルって正にそうで、「みんなが好きなアイドル」だったんですよね。これは少し不思議。時代の逆行・・・?


4.まとめ

 総評としては非常に面白かったです。Vtuberの方について語るのに年齢に触れるのはナンセンスな気もしますが、文章や取り扱うテーマから良い意味での若さを感じつつも、SFや百合の芯はしっかりと捉えている作品でした。

 SFマガジン2月号自体を入手しづらくはなっていると思いますが、まだなんとか手に入れることは可能だと思いますので、気になった方は是非お手にとって見ていただければと思います。

機会があれば他ジャンルもしくは、中編や長編も読んでみたいですね!

(ちなみに、P58の〜カメラの”視覚”って所は”死角”の誤殖ってことでいいんですよね・・・?意図的だったら申し訳ない・・・。)


↓届木ウカさんのYoutubeチャンネルはこちら↓



5.個人的なおすすめ

 折角なので、SFと百合というキーワードで個人的なオススメを幾つかおいておきます。


■アイドルを取り扱う作品が読みたい!

『最後にして最初のアイドル』草野 原々

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 今回の作品をきっかけに、アイドル系の作品を読んでみたい!って思ったそこの貴方にオススメなのがこれ。昔のヲタクってこうだったよねーということを思い出させてくれる作品です。

 ただ、この作品を読んだらきっと『俺は一体今何を読まされているんだ・・・?』という感想を抱くと思いますが正しいので安心してください。


■もっとSF作品が読みたい!&百合作品が読みたい!

『なめらかな世界と、その敵』伴名 練

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 近年で一番衝撃を受けた作品です。

(星雲賞は絶対獲ったと思ったんですが……。)

 この作品だけは本当に『読んで損は一切ありません』と断言できるほど素晴らしいです。この作品は多くは語りません。とにかく読んでください!!ただ、SFを普段読まない人が読むとちょっとしんどいかも・・・?


『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』SFマガジン編集部

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 実は一番勧めたいのがこちら。百合要素はそんなに強くありませんが、中身はがっつりSFです。1回目の百合特集で掲載された作品も載っているので、そういった意味でも今回おすすめします。当然、中身も良作が揃っているので、自分の気に入った作品から1つずつ読んでみると良いです。

 個人的なオススメは「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」です。ちなみにこの作品は後に長編化されてますので、続きが読みたいってなった方はそちらもどうぞ!

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