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中島みゆきのコロナ禍を経た4年ぶりのコンサートが人生最高だった話

今夜千秋楽を迎えたコンサートツアー「中島みゆき 歌会VOL.1」は、私のファン人生で最高の公演でした。
素晴らしいコンサートは他にもありますが、セトリとMCの相乗効果で「コロナを経た中島みゆき」が表現されたコンサートは、おそらく今回が最初で最後でしょう。
みゆきさんがステージから提示するパズルのピースがあるべき場所に向かい、一枚の絵が描かれていくさまは、まさに中島みゆきの真骨頂。さながら言葉の実験劇場・夜会のようでした。


この記事は、私の神様がステージでどんなに輝いていたか、また私がどんなにかけがえのないギフトを受け取ったかを書き残すものです。
セットリストにもMCにも言及します。セトリ一覧も掲載します。ネタバレOKの方のみお進みください。
なお、私が行ってきたのは4月25日の大阪・フェスティバルホール公演です。みゆきさんのMCは、なんとなーくのニュアンスとお心得ください。


中島みゆきさん
シンガーソングライター。代表曲『時代』『空と君のあいだに』『糸』『地上の星』など。
芸歴は年齢がわかるのであまり言われたくないらしい。
今回初めてツアーグッズにアクスタが登場した。



『地上の星』で中島みゆきさんのファンになったオタク。
ファン歴は年齢がわからないようにふわりと言いたい。20年くらい。
今回初めてみゆきさんの大阪公演に行った。



中島みゆきとコロナ禍

多くの人と同じように、みゆきさんにとってもコロナ禍は他人事ではありませんでした。
2020年1月に始まった「中島みゆき 2020 ラスト・ツアー 『結果オーライ』」は、最後の地方公演を含む全国10都市24公演ツアーとして企画されていましたが、8公演目で中止されました。

2020年2月26日、結果としてツアー千秋楽となった8公演目の会場こそ、大阪・フェスティバルホールだったのです。
みゆきさんにとっては、因縁の地に戻ってきた格好になります。



コンサート前半は、MCでコロナ禍を回想し、コロナ禍を思わせる曲が歌われながら進行していきました。

テレビで毎日のように流れた、様変わりした医療現場での映像を振り返って歌う「医療関係の曲」3連続のパート。
足が遠のいている間に好きだったお店が閉店してしまった、という述懐に続く、「好きなお店の曲」2連続のパート。
そのうち1曲は、コンサートが中断された4年の間に帰らぬ人となったバンドマスターが演奏したピアノの音源を使って披露されました。
音源の中に、スポットライトの先に、そしてずっと音楽の旅を続けてきたみゆきさん一行とともに「いる」彼に、割れんばかりの拍手が送られました。


医療関係の曲のくだりで、みゆきさんは「医療現場をあれだけ取り上げられたのは珍しかったけれど、医療ドラマの主題歌を書いているので少しは身近かもしれない」と自らまぜっかえし、「医療関係の方にはこれが日常でしょうから耳をふさいでいてください」といたずらっぽく笑った後、力強く歌い上げました。
「そうそう、MCと歌で情緒がくるくる変わるんだよな」と懐かしさを覚えます。中島劇場は健在でした。


第一部は『愛だけを残せ』で締めくくられました。

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
生命の証に 愛だけを残せ

中島みゆき『愛だけを残せ』

CD発売当時(シングル2009年、アルバム2010年)通学電車で繰り返し聴いた歌詞が、中島みゆきから2024年の世界に向けてのメッセージとして提示された瞬間でした。
思い出の曲に新たな味わいが加わる誇らしさとともに、進路に悩んでいたあの頃の私を抱き締めました。


私のコロナ禍

私のコロナ禍は、みゆきさんのコロナ禍の少し後の2020年3月、大阪の次の会場となるはずだった名古屋公演中止から始まりました。
当初は「振替日未定の延期」と発表されたため続報を待っていましたが、しばらくして中止が決まりました。


音楽活動は続けること、主要都市でのコンサートは今後も行われることが発表されていましたが、私にはもう一つ気がかりなことがありました。
それはずばり、「みゆきさんにとって名古屋は主要都市なのか」。
全国ツアーで飛ばされがちな名古屋の民は、あまり期待せずにもうしばらく待つことにしました。

そして、2023年夏にようやく発表された今回のツアーはと言うと……

東京・大阪の2都市で開催。
うん、知ってた。

でも大丈夫です。大阪なんて秒です。
なぜなら、県外移動の自粛という言葉が巷で使われていた2021年、とある名古屋公演を機に私の殻は粉砕されたからです。今や北海道にも沖縄にも1人で行くオタクになりました。結果オーライとはこのことです。


新しい中島みゆき

コロナ禍はしばしば「失われた3年」と表現されます。実際に、多くの命が失われ、今も体調不良が続く人がいて、経済活動も停滞しました。
しかし、得たものも確実にあります。その筆頭が新しい価値観です。


今回のツアーのセトリでは、この4年間で発売したシングルや、現在放送中の番組の主題歌が押さえられていて、中島みゆきコンサートには珍しく「2024年にファンが聴きたい歌」いう意図が色濃く感じられました。
と言うのも、私の知っていたみゆきさんは、ドラマ放送直後でも「今日は『慕情』(主題歌)は歌いません」と言い切るタイプだからです。
「じゃあワンフレーズだけ」と歌ったときは、本当にワンフレーズだけアカペラで歌いました。
それもそのはず、なにしろみゆきさんは芸術家。自分だけに見えている景色を歌で描いてみせるのが生業です。コンサートはそのためのキャンパスと位置づけているのでしょう。

だから、第一部終盤で行われた初めての試み、「中島のわがまま」の時間には驚きました。
曰く、どんな人が来ているか見てみたいので、会場の照明を10秒だけ点灯させてほしい。嫌な人は下を向いていてほしい。
今の中島みゆきは「自分はどんな人に向けて歌うのか」を考えたいのだな、と感慨深いものがありました。


新しい私

私は推しに認知されたくないタイプのオタクでした。みゆきさんへのファンレターはもちろん、公式アカウントへのリプライすら送りません。恒例のおたよりコーナーはもちろん出しません。
なぜなら、中島みゆきは中島みゆきであるだけで最高に素晴らしいのに、私という異物を混入させて世界観を壊してしまいたくないからです。

なのに、照明が点灯していた10秒間、ステージの上のみゆきさんをじっと見つめました。
フェスティバルホールの座席数は2,700あります。私の席は後ろから3列目でした。みゆきさんの視力が悪いのも知っています。
でも、あの日のみゆきさんは、確かに私に向けて歌ってくれました。
そして、今の私はそれを喜べるようになりました。
コロナ禍を経て変わってゆくみゆきさんと、コロナ禍を経て変わってゆく私が通じ合う。それはコロナ禍の思いがけない副産物でした。

かと思えば、第二部の幕開け直後には夜会の曲を5連続ノンストップで歌い、「知らない方は何だかわからなかったと思います」とMCをして次に進みました。第二部でも中島劇場は健在でした。
しかし、次の曲があの『慕情』だったのと、私は『リトル・トーキョー』にTBS赤坂ACTシアターの光景を重ねて目を潤ませながら手拍子をしたので、「やはりファンの期待に応えている」と結論づけることにします。


愛はありふれた言葉の中に

いよいよ終演の時間になりました。
みゆきさんからの最後の挨拶は、ごくありふれた言葉でした。

「今日はお越しいただき本当にありがとうございました。また、元気でお会いできるのを、心より楽しみにしています」

コンサートが開催できること。
大阪の街中まで行けること。
元気でいること。
会えること。
これらがごくありふれた日常を表すごくありふれた言葉に戻ったこと。
そんな世界でも、中島みゆきは特別で、私の人生に必要不可欠な存在であること。
揺るぎない確信と、滲んでいくステージとともに、私のコロナ禍は終わりました。



会場を後にする前、一つだけ思い残すことがありました。
「わたしの心は風の中」と歌っていたあの曲のタイトルは何だったのだろう。

中島みゆきコンサートでは、終演後にセトリが掲示されるのが恒例です

『歌うことが許されなければ』。
歌うことが許されなかった時代を経て、神様が新しい物語を編み始めた。今夜をもって、私にとってはそんな曲になりました。

最後に

あの挨拶の少し前、みゆきさんはこう切り出しました。
「少し時間ができて、考えてしまいました。コンサートって何なのかしら。先のことを心配して、心配しすぎて身動きがとれなくなってしまうのが悪い癖。先のことはわからないけれど、ひとまず……」

感染症法上の位置づけが変わっても、人類とウイルスとの戦いに終わりはありません。これからも感染症は流行し、人と人とのつながりが絶たれる時代がめぐってくるでしょう。

みゆきさんは72歳になりました。来年でデビュー50周年を迎えます。
あと何年、私の神様としてステージに立ち続けてくれるでしょう。


『先のことを心配して、心配しすぎて身動きがとれなくなってしまうのが悪い癖。先のことはわからないけれど、ひとまず……』

ひとまず言えるのは、中島みゆきの物語は続くということ。
だって、みゆきさんは明言しているではないですか。

「歌会VOL.1」と。



中島みゆき様。
あなたが歌うならば、わたしは何処へでもゆきます。
歌うことを許されたこの世界で、激流のような時の中でも壊れない愛を抱きしめて。
あなたのコンサートを、心より楽しみにしています。

(おしまい)

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