「かげとりプロジェクター」の物語構造
アニメ『ドラえもん』の物語にはある典型的なストーリー展開が認められるも、一部のエピソードについてはそうした典型的なパターンからの逸脱が確認できるという。
本稿はそのような回の一つとして「かげとりプロジェクター」の話を挙げ、このエピソードの特殊性を明らかにすることを目的としている。
その方法については先行研究とも呼べる小池隆太の構造的アプローチを参考にした。小池はダンダス(Alan Dundes, 1934-2005)の理論を基に『ドラえもん』一般的な物語の構造分析を行い、その基本的な構造との比較により「一生に一度は百点を」のエピソードが通常とは異なるパターンのエピソードであることを示した。本稿も小池のこの方法に従い典型的な『ドラえもん』の物語構造と「かげとりプロジェクター」の構造との比較を行い、このエピソードが通常の『ドラえもん』のエピソードから逸脱するものであることを明らかにしてゆく。
ではまず、『ドラえもん』の物語の基本構造だが、小池によればそれは「道具による課題解決」を類型とした「<加害/失敗>−<道具>−<加害の除去/課題の解決>」という三つのモチーフ素の連鎖によって構成されるものだという。下記はその一例として「うそつ機」と「アンキパン」という二つのエピソードをテクストとした分析結果である。どちらのエピソードも小池が述べるような「道具による課題解決」を描いた三つのモチーフ素の連鎖が認められ、小池の提示する基本構造の妥当性が確認できた(表1)。
次に「かげとりプロジェクター」のプロットを確認したところ、「<加害/失敗>−<道具>−<加害の除去/課題の解決>」とは異なる構造が確認できた。下記が「かげとりプロジェクター」の物語構造を示した表であるが(表2)、このエピソードでは『ドラえもん』の物語の基本構造として示された三つのモチーフ素の連鎖は認められなかった(比較容易化のため「モチーフ素」列に機能を記している)。
また、このような構造的単位の差異に加えて、物語類型のレベルにおいても差異が認められた。典型的な『ドラえもん』の物語類型が「道具による課題解決」であることに対し、「かげとりプロジェクター」では<加害/失敗>の解決が道具を用いることなく行われている。<加害/失敗>である「星野スミレの秘密」は道具の力によってではなく、のび太らが星野スミレを救ったことに対しての応酬として解決されているのだ。
以上より「かげとりプロジェクター」が一般的な『ドラえもん』のエピソードから異化された物語であることが解った。それは通常のエピソードとは異なる物語構造を持ち、また、「道具を使わない課題解決」が行われている点より示された。
だが、この「逸脱」が果たして本当に『ドラえもん』の一般的なエピソードからの「逸脱」と呼べるものかどうかは小池の先行研究を含めて再度検証される必要があるといえる。というのも、ダンダスが北米インディアン民話の形態に幾つかモティーフ素連鎖の型があると考えたように『ドラえもん』の物語構造にも複数のパターン(基本構造)が存在する可能性があるためだ。この検証については毎週土曜日一七時の放送を楽しみに待つ多くの『ドラえもん』のファンに委ねたいところである。
<参考文献>
藤子・F・不二雄「かげとりプロジェクター」『藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん7』小学館 2010年、pp.544-53
小池隆太「物語構造論(ナラトロジー)──アニメ作品の物語構造とその特徴について」小山昌宏・須川亜紀子編著『アニメ研究入門[応用編]──アニメを極める11のコツ』現代書館 2018年 pp.228-33
アラン・ダンダス『民話の構造──アメリカ・インディアンの民話の形態論』池上嘉彦他訳、大修館書店 1980年
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