ある日の、しゅっ。

「シュッ」「シュッ」

隣の席から音が聞こえてくる。

「どこかで聞いたことがある。なんだっけ、この音」

ちらっと横をみると、手元に赤いものが見えた。

「あ!赤ペン!!」

ボールペンではなく、水性の赤ペン。

学校の先生がよく使っていたやつ。

「シュッ」の正体は、ペン先と紙が擦れ合うときに発生する音だった。

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もう一度、店内を見渡すふりして確認したところ、

赤ぺンを走らせていたのは、見た感じ30代半ば。

上下ジャージ姿の男性だった。

机の上には、所狭しと”わら半紙”の答案用紙。

それに、ひたすらマル(バツ)を付けていた。

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日曜午後10時過ぎ。近所の喫茶店。

「ハァ・・」

ときおり、強めのため息も混じる。

1枚分マルをつけ終わる度、漏れてくる。

たぶんテストの出来の悪さに対してではなく、

果てなきマル付け作業に対しての「ハァ・・」のように感じた。

「明日までに終わらせないといけないんだろうか」

「追い込まれるまで作業をしなかった自分に嫌気がさしているところもあるのかも」

ご苦労様です、と思う反面、山のように積み重なったわら半紙を見て、マル付け経験のない自分もぞっとした。

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それよりもぞっとしたのは、絶え間なく聞こえる「シュッ」だった。

聞こえ始めてしばらくは、懐かしいと思うことでカバーできた。

しかし、ずっと聞いているうちに「シュッ」の許容量を超えた。

聞こえる度、黒板に爪を立てたときの「キィィ」みたく、背筋がぞっとするようになっていた。

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席を移る手もあったけれど、それでは先生に対して悪い気もする。

『あの人はなんで席をかえたんだろう・・まさか、この音が耳に障ったのかも』

先生が後ろめたさを感じてしまうかもしれない。

それだけは避けなければ。

イヤフォンで耳を塞ぎ、音楽を流したが、それでもうっすらと耳に届いた。

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三分の一残ったコーヒーをくいっと飲み干し、すっと席を立つ。

あくまで自然に、会計を済ませ、店をあとにした。

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帰り道、ふいに、お笑い芸人ヌーボーロマンのボケ担当小林くんを思い出した。

彼の口癖も「しゅっ。」だった。

あれは、とても耳馴染みの良い音だったなぁ。








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