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ヒトが匂いを感じるメカニズム

以前にこのブログで「おいしさの大半は匂いで決まる」ということを書きましたが、ここでは「匂い」(嗅覚)の部分をさらに掘り下げて、ヒトが匂いをどのようにして感じているのか、その驚きのメカニズムを見てみたいと思います。


極めて精緻な嗅覚機能

 ヒトが匂いを感じるセンサー(受容体)は鼻の奥の上部にあります。センサーが収まっている嗅上皮の面積は、片側で2~4平方cmといいますから、かなり小さいものですね。ただしここに約400種類のセンサーがあり、嗅神経細胞の数は500万とも数千万ともいわれています。
 
 それでもヒトは犬などより嗅覚が随分と劣っています。犬の嗅上皮はヒトよりもはるかに広く、その感知能力は犬種や匂いの種類にもよりますが、ヒトの数千倍から1億倍あるといわれています。
  これは獲物を狩りするため、はるか遠くの匂いでも検知できるように嗅覚を発達させたためです。その反面、犬は元々が夜行性であることから視力が弱く、色もあまり認識できないそうです。つまり鼻で景色を認識しているともいえますね。

 ヒト(霊長類)の場合は昼行性や食の生態などから、嗅覚よりも視覚を発達させる方向に進化したのですね。あるいは樹上生活の中で、果実を発見しやすいように視覚を発達させたのかもしれません。

 動物が感じている匂い物質のほとんどは生物に由来する有機化合物であり、嗅覚はエサや外敵、あるいはパートナーの存在を感知したり、確認したりするために発達したと思われます。
 ヒトが感じている匂い物質は分子量300以下の揮発性の低分子です。そして分子量が大きくなると、センサーがキャッチできなくなります。
 

匂いの感度は、訓練次第で敏感になる

 匂いを感じるぎりぎり最小の濃度を嗅覚閾値といいます。その数値は匂い物質によって異なるわけですが、ヒトでは感知できる最小濃度がppm(100万分の1)からppt(1兆分の1)の単位といいますから、私たちは驚くべき感度で匂いを感じているのです。(モノによっては東京ドームに一滴垂らしただけで感じる匂いもあるそうです)
 
 ソムリエや調香師はとても優れた嗅感覚を持っています。ただし人並外れた能力は持って生まれたものというより、ほとんどが訓練(経験)によって後天的に得られたものだそうです。
 
 私での例を上げれば、元々キンモクセイの匂いが分からなかったのですが、たまたまある時にそれを認識してからはとても敏感になり、今では11階の自宅ベランダにいても開花したことが分かるようになりました。
 
 匂いは無意識であっても、常に鼻から脳に情報が伝わっています。しかし特に必要としないものに関しては、脳内で選別してスルーしているようなのです。ですから、嗅覚が敏感な人は鼻が優れているというよりも、特定の匂いに対して脳が敏感に反応するようになっていると考えるべきでしょう。
 こうしてみるとヒトでも、犬には及ばないものの、潜在的には充分に高い能力が備わっているようですが、視覚が発達したこともあってあまり嗅覚には頼らなくなったものと思われます。

味覚よりはるかに複雑な嗅覚

 味覚に関しては味の種類が5つで、その受容体も約30種類しかありません。これに対して嗅覚には400種類もの受容体があります。そして数十万種類ともいわれる匂い物質に対応しており、その匂いに含まれる多数の匂い物質を、多数の受容体が複雑にキャッチし、脳内で情報処理して匂いを判別しています。
 例えばワインでは匂い物質が800種類ほどあるといわれており、ソムリエは匂い物質の複雑な組み合わせを嗅ぎ分けて香りを特定させているのです。
 
 ちなみに視覚の場合はRGBつまり、赤、緑、青の受容体があり、三原色の組み合わせを脳で処理して、無数ともいえる色を認識しています。

匂いは感情や体調に大きくかかわっている

 匂いには感情を沈めたり興奮(集中)させたりするアロマ効果があります。また匂いがきっかけで記憶が蘇ることもあり、これはプルースト現象と呼ばれています。
  匂いが感情や記憶を呼び起こす理由については、鼻から送られた匂いの信号が脳の大脳辺縁系まで伝わり、記憶をつかさどる海馬や、感情をつかさどる偏桃体が反応するためなのだそうです。
 
 ヒトは遺伝子の違いによって感じる匂いに違いがあるといいます。それは民族の違いや性差でも現れ、女性は男性より匂い感度が高い傾向にあります。
  嗅覚は同じ匂いをかいでいると、そのうち感じなくなるという順応性があります。自分の体臭や部屋の匂いを感じないのはそのためによります。
  ヒトは病気になると代謝が変化して、体臭が変わるのだそうです。そのことを利用し、犬を訓練してがん患者の匂いを学習させ、がんの早期発見に役立てています。
 
 さて五感の中では視覚が一番重要であると思われがちですが、嗅覚をなくすと様々な体調障害が出ることが知られています。

   哺乳類は恐竜が繁栄していた時代に現れ、体も小さく弱い存在だったため、元来が夜行性でした。そのため視覚が退化し、嗅覚を発達させたのですね。ヒトも多くの哺乳類と同じように、太古には嗅覚を最も重要視していたであろうことが、ゲノム解析で分かっているのです。

(#020 2024.06)
 
 
 
 


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