【詩】豊平川の岸部で  

選ばれてあることの不安ばかりが我にあり。
我はこのサッポロの地を流れる川のほとりに芝生を貼らんとする。
水と草と土の匂いの混じり合う岸部に
豊平川に選ばれて、わたしは今日、在るのだ。
 
八月の終りの日差しの中
サイクリングロードに沿って
ロールケーキ状に丸められた芝生を延ばしては貼ってゆく。
ロールはホコリたっぷり、裏には泥もびっしり、芝生とは名ばかりの雑草だ。
 
選ばれて在るのはわたしばかりではない。
人足派遣会社から造園業者に遣わされた仲間二人も一緒だ。
一人は目があちらこちらに泳ぐ三十前後の失業男。
一人は元ヤクザ屋さんでトビやテキ屋の経験もある若者。
それに造園業者のアルバイト老人二人。
 
地面には活発なるアリンコたち
空中にはトンボやチョウチョやアブやらが盛んに飛び廻る河川敷
見物のヒヤカシカラスどもが喧しく騒ぎ立て
小樽か石狩から移住してきたのかカモメまで飛んで
ひゃあ、と選ばれしわたしを驚かす。
 
ロールから這い出た幼虫目当てに名も知らぬ水鳥が二羽、三羽
地面に降りてスキップしながら獲物を突ついている。
見上げれば空にも鳥が旋回する、羽広げてゆるやかに
あれはノスリかトンビの類いだろう。
皆が皆、それぞれがそれぞれの位置を定め、オノレをただまっとうしている。
 
光る川面の向こう岸に展開する街街。
セピアのゆらめく蜃気楼みたいに煙る
マンションやラブホテルの群、そしてタワー。
ほんの百数十年前、風景は見渡す限りの原野だった、その土地に
人が足を踏み入れたはるか昔の太古から
(そのはじまりの水はいつから?)
さーーーーー、と流れてきた豊平川の水の音が聞こえている。
 
ベテランの老人タッグは着々と芝生を貼り続け
元ヤクザ屋さんは器用に素早くロールを貼りまくり
初めての仕事で馴れない目泳ぎ男とわたしは悪戦苦闘
腰への負担に悲鳴を上げ始める。
 
周りが半袖の汗まみれの中、きっちりと長袖の元ヤクザ屋さんは
以前始めた商売で被った借財ン千万を数年間で完済したという。
気合いっすよ!気合い!とまだ若い元ヤクザ屋さんは吼える。
目泳ぎ男はすっかり彼をリスペクトしたようだ。
気合いっすよ!気合い!
そうだ、とわたしも思いたい。
 
河原の草をそよがす微風の中
昨日まで数々の敗北を生きてきたわたしは豊平川に選ばれて
今日はひたすら裸に剥かれた地面に芝生を貼ってゆく。
だんだんにペースも上がり単純作業の汗も快調だ。
 
不意にこの豊平川に明治の昔、詩人岩野泡鳴君が投身したのを思い出す。
冬の川に女と身を投げ、心中を図ったのだ。
だが泡鳴君はしくじった、やり損なった、ドジだった。
積もり積もった雪の上に落下して心中失敗、死に損なったのだ。
 
放浪も耽溺もせず
そして川にも、まして女にも溺れず
生き延びてわたしは今日、豊平川の河辺に芝生を貼っている。
この名も知らぬ雑草を根付かせ、蔓延させるのが今日のわたしの仕事なのだ。
 
明日もこの、現場に廻されるかどうかは分からない。
明日もこの、仲間たちに会えるかどうかは分からない。
今日はただ、わたしを選んで芝生を貼らしめたこの川が好きだ。
豊平川が好きだ。
 
悪路を巡り続けるペーパードライバーのわたしであるが、飲酒運転の末
警官をボコボコにしてしまった元ヤクザ屋さんは現在無免許だという。そして
気合いっすよ!気合い!の声が響く夕暮れ近い大気の中
さーーーーー、と流れる豊平川の水の音が動いている。
 
 
 
 
 
 





 *『季刊びーぐる』5号(2009年)投稿欄掲載。
実は泡鳴の心中未遂は小説の中のみのフィクションであるという説をその後、大久保典夫氏の著書で知ったのでありましたが、自分はこの作品の創作時はそう信じこんでいたのであったから、それはそれで仕方なく、そのままにしておくしかないだろうと思うのです。
 

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