【随筆】秋のよろこび二〇〇六

 秋はいい。実に、秋はいい。

 人心はたいらか、五穀豊穣、天高く馬のみでなく妻も肥えて家庭円満、家内安全、人類は一家皆兄弟、そして海は大漁、秋は夕暮れ、秋刀魚に青き蜜柑の酸(*ルビ処理/す)をしたたらせて、「あはれ/秋風よ/情(ルビ:なさけ)あらば伝えてよ」などと悦に入りながら、白玉の歯にしみとほる秋の夜の日本酒を飲むのは堪えられない。蒼穹は澄み渡り、良き眠りのためか頭脳もいつになく晴れ渡り、読書も快調、また秋は人を詩人にして、良夜爛漫句歌を吟じさせ、虫の音や舞い落ちる黄葉に生の儚さを感ぜしめ、詩に詠ましめるのである。何ともすばらしい季節ではないか、秋は。

 そこへゆくと夏は困る。嫌である。夏と来たら最低だ。まったく今年の夏は厄介であった。

 そう。夏は昔から碌なことがないと決まっているのである。猫はやる気をなくして寝くさり、犬はだらりと舌を垂らし、はあはあと息をしながら木陰に逃げ込んで、奴らペットとしての本分を忘れ去り、また昼には肥え太った蠅がぶんぶん飛び廻り、容赦なく殺人スズメバチや狂暴なカマキリが人に襲いかかり、夕暮れともなれば凶悪な蝦が吸血の餌食求めて襲来し、夜には巨大な毒蛾が其処いら中の空中を鱗粉撒き散らしてモスラの如くばさばさ飛び廻り、アブラムシも一層繁殖跋扈、一斉蜂起して走り廻るのだから堪らない。その上頼みもしないのに、ドドン、ドドンと花火などが上がって無闇矢鱈に騒がしく、揃いの浴衣着ていちゃつく若い男女の見物が暑苦しく、断りもなく開かれる盆踊り大会なども煩きことこの上ない。それに早朝からのラジオ体操は睡眠不足をもたらし健康に悪く、夏休みの終りには、やり残した宿題で冷や汗もかき、その後は嵐、タイフーン、ハリケーンと続々と押し寄せるのだから、夏というシーズンにはまったく何もいいことがないのだ。

 今年の夏はまたひときわ過酷を極めた。あまりの長きにわたる焦熱地獄に熱中症で倒れる者が続出し、勤務先を途中で放擲して水遊びに出かけるのが勤め人の間で流行り、店の商売や家事の途中で午睡する人が増え、その隙を狙って空き巣が跳梁し、人々は互いに疑いを抱き憎しみ合い、テロなどという凶事(ルビ;まがごと)に脅える世の中とはなり果てたのである。それは人類滅亡への予感を孕んだ夏であった。さらにまたひとつ、ここに極めて由々しき事態が発生したのである。夏の初めに我が家の冷蔵庫が成仏召されたのだ。つまり壊れてしまったのである。

 当初は、昭和戦前の生活を体験するのも一興と家人に嘯いていた私も、俄に暑くなった八月に入ってからは、ビールも冷やせず、ウィスキーに氷も浮かべられぬ生活に消耗していった。頂きもののヌルい泡盛を飲んでみても、体温の上昇が誘発されて汗が吹き出るばかりでリラックスできぬのだ。被害はそれだけに収まらず、マーガリンは溶け、液状化現象を起こしてパンも美味しく頂けず、牛乳は一日過ぎるとパックの中でクリームチーズか豆腐の如き物質へと変化し、また我が家に於ける重要なタンパク質の供給源であった納豆も、生暖かく、不味くて食えたものではないのであった。食品の備蓄ができぬので食費が嵩み、ぎゃあ、と家人が悲鳴を上げ、家庭内の空気は険悪となり、やがて滋養も採れなくなって、一家は疲弊の一途を辿っていった。

 おまけに、寓居のアパート二階真上に住む小学一年生の走り廻り、跳びはねる音が天井に響き、私の頭脳を直撃し、加えて七月に越して来たばかりの隣人の子供が幼児という名前の怪獣であり、彼が発するギャオスの超音波を思わせる、キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッという泣き声が、あるいは、沸騰するケトルが発し続けるがごとき、ピイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッという叫び声が、開け放った窓から私の頭蓋に側面攻撃をかけ、脳をぐらぐら揺らし続けた。

 どうにか工面した金で、ようよう新しい冷蔵庫を入手したのはお盆も過ぎた頃であった。これでまた、ほどよく冷えたビールが飲める、氷入りの水割りが飲める、一般的な現代人の食生活に戻れる、と胸が高鳴った。
 その日、電器店が冷蔵庫を運んで来た。予定していた候補地二箇所には何れも設置できなかった。そちらへ置けば風呂場へ入れず、こちらに置けば布団を敷けなくなるのだった。旧い冷蔵庫はリサイクルに出す余裕がなく元の場所を占拠している。どうもこの、何と申しましょうか、私の目測が誤っていたらしいのだ。

 しょうがなく家人の提案で置き場を玄関に決めた。書棚をずらしてスペースを拵え設置する。作戦成功!玄関冷蔵庫。尾崎一雄にたしか「玄関風呂」という短篇があったな、やっぱ、俺って芸術家かよ、などと家人に向かって軽口を叩いてみる。

 ほの暗いアパートの玄関先、玄関ドアと書棚とに挟まれたピカピカの冷蔵庫。メタリック・シルバーのボディが頼もしく見える。扉に手をかけた。が、開かない。蝶番のある方が玄関ドアにぶつかり開かないのだった……。そして、沈黙が家中を支配した……
 
 わたしは今、秋の訪れを心から歓んでいる。






*『季刊 札幌人』2006年秋号に初出掲載、単行本『さまよえる古本屋ーーもしくは古本屋症候群』(燃焼社 2015年刊)に収録。


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