【詩】英語の思い出
区役所から帰ってきたのである
むなしく帰ってきたのである
「生活の基礎が必要ですね」と忠告されたので
生活の基礎を築かんと一念発起
あのひさかたの光のどける春の日の
『英語の基礎』を押入から取り出してみたのである
この本はもう本屋の棚から消えているだろう
今どき手にする少年は世界に一人もいないだろう
DAY AFTER DAY
ALL THINGS MUST PASS
WHAT IS LIFE?
MY SWEET LORD
……などといい加減を呟きながら
手擦れのある『英語の基礎』を開いて捲ってゆくと
「いいか、太宰治には引っかかるな!」
いつしかわたしは赤茶けた室蘭S高校一年一組の教室にいて
風紀担当兼英語主任のマガラ先生が『英語の基礎』のカドで学生の頭を打擲 した五月
それは美しい五月
災難にあったわが親しき友のミノル君が終業ベルの後で
「この野郎!こうしてやる」
『英語の基礎』を床に叩きつけ、何度も踏みつけて
表紙裏表紙べりべりリンチ蹂躙したあの日から
生活の基礎もいまだ築けぬ現在に漂着し
今日わたしはようやく理解したのである
生活の基礎どころの問題じゃない
英語の基礎もなっていなかったことを
今は英語の先生になったと聞く友達よ
おーーーい、巻き添えくらったあの本、まだ持ってるかーい?
おお MY SWEET LORD
WHAT IS LIFE?
DAY AFTER DAY
ALL THINGS MUST PASS
* 註
「ALL THINGS MUST PASS」はビートルズ解散後、ジョージ・ハリスンが1970年に発表した三枚組のアルバム(当時はLPレコードと云われていた訳であるが)。「MY SWEET LORD」「WHAT IS LIFE?」(邦題はなぜか「美しき人生」)はそのアルバムからシングルカットされたビッグヒット。「DAY AFTER DAY」はそのジョージ・ハリスンほかビートルズと関わりの深かったバンドであるバッドフィンガーの代表的ナンバー。わが中三から高一時代はこの曲が一年中ラジオから毎日のように何度も流れていたのであった。
たしか2003年〜5年ごろの作。
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