裁判に負けても。
久能整くんはこう言っている。
結婚式をキャンセルしたい
まだハタチそこそこのカップル。わが家の長男と同じ年なのに仕事をして結婚もするなんて、自立してて偉いな~。
とはいえ高額になる契約なので「おうちの方と相談してみてくださいね」と言って、急かさなかった。後日両親にも会って承諾してもらい、いざ結婚式の準備が始まった。
1ヶ月程経ったある日、
「結婚式をキャンセルしたい」と新郎から電話が。理由を尋ねると、「父の友人が○○式場に勤めていて…」云々。
もしや同業他社からの横槍か!大手の看板にそぐわないセコイ所業だが、お父さんもお付き合いがあるのだろうし本人も同意したなら仕方がない。
規約を再確認し説明する。【お客様の都合による取消には以下のキャンセル料が発生します】申込金と会場費、その他オーダーメイド品は返品不可。ふたりはドレスをオーダーしていた。結婚式自体を取りやめるわけではないのだから大手式場でそのドレスを着てはどうかと一応言ってみた。
お父さん登場
話を聞いたお父さんがやってきた。
ドレスはまだ手元に届いていないのにキャンセル料がかかるのか、一体どこまで作ったのだ、布を切ったのか、縫製したのかと私に詰め寄る。
お父さんの気持ちもわかるが、それはドレスショップと縫製工場の間の取り決めなのであって、「やっぱり要らない」からと途中で止められないのが受注生産のルールであることはフィッティングの際にも説明している。
工場の都合、運送に係る期間、商品の特異性などを踏まえて言っている。この商品を世に出すための一切を説明する必要があるのならするが、
お父さんにどう言ったらキャンセル料の意味をわかってもらえるのだろう。
もしもラーメンだったら(妄想)
お父さん、今の状況をラーメンに例えるとこうです。
*
客「隣の店のラーメンのほうが美味しいと聞いたから帰るね」
大将(は?注文してから言う?)「お代はそこに置いといて…」
客「まだ食べてないから払いたくない」
*
明らかに珍客だ。こんな時は
【必殺マウント返し!誰が食わすか出禁確定の術】を使いたい。
大将「あぁいいよ、麺は茹でたが出してないからお代は要らないよ!ハイ席空けて!ありがと~ございました~!」
―しかし本当に、食べていないラーメン代は払わなくても良いのか。
理由や状況によってその答えは変わるのだろうか。
キャンセル料とはなんだろう
売買契約が成立するのは「これください」「はい、承知しました」の時点だ。人と人との相互信頼。いわば信用取引であり片方が約束を破ったら契約不履行である。
店は、許可も得ず入ってきた初対面の人にラーメンを作って出す。お金も払っていないのに。
一方、客は見ず知らずの人が作ったラーメンを疑いもせず食べる。そして提示された通りに代金を支払う。
法の下とはいえ【人を信用する】とは、感動するほど尊い行為だ。
最近ではラーメンも結婚式も前払いが多い中、もしも「結婚式費用は全額後払いです」と言われたらそれは「あなたを信じてるよ」というラブコールだ。
と同時に当日までその形が見えない上にやり直しのきかない結婚式を託してくれることに、「信じてくれてありがとう。ガチで良い仕事するよ」という思いがつまっている。
だから、信じていた人に裏切られるショックは大きい。
キャンセル料は約束を破ったお詫びのしるしだ。
謝って済むならそのほうが良いが、負債を抱えることになれば死活問題。
ほら言わんこっちゃない!
返品不可なら前金に限る。
持続可能な商売はニコニコ現金前払い!食券は地球の平和を守るのだー!
裁判で負ける
お父さんは、会場費は払うと言った。
キャンセルによって被る損失は、無駄になったモノと、もうひとつ「機会の損失」がある。
結婚式の場合、急に空いた日の穴埋めができる確率は直前になればなるほど低くなる。
お父さんはこの点に関して理解を示した。おそらく親切なご友人の助言であろう。
本来キープしているのはスペースだけではない。携わる予定で押さえていた様々なスペシャリストのスケジュールにもぽっかり穴が開きリカバリーは難しいのだが、目に見えなさ過ぎて泣き寝入りが常だ。
さて、争点はドレスのみ。
買ったモノの代金を払うという話。しかも既製品ではなく注文してから作る、自分用にあつらえたオーダーメイド、返品不可のモノなのである。
私は自分の主張が絶対間違っていないと信じて疑わず裁判に臨んだ。
しかし負けた。
むずい。
高いとだめ、要するに代金の100%ではなく時期によって70%、50%、そういう設定を、商品でもしなければいけないということか。お父さんの言っていた「布を切ったのか?」はあながち間違いではない。申込みの際にサインした規約も無効であると却下された。
そもそも裁判では消費者を守ることに重点が置かれる。
あぁ…工場から請求書が来たら、いったい誰が払うのだ。解せない。
言わなかったこと
事の顛末を聞いたドレスショップは「裁判なんかやってないで仕事しろ」と機会損失的なことを言いドレス2着の仕入代を負担した。
私は「キャンセル料には期間とパーセンテージを設定したほうが良い」と法律家のような進言をしたが、正直なところ理由がわからなかった。
モノの損失は仕入値や材料費だけなのか。接客や発注等に要した時間と手数。相変わらずサービスは無料、笑顔はゼロ円、ドレスは布だということだ。
裁判で主張が通ったこの新郎新婦は果たして気づくだろうか。ルールよりも先にモラルが、法律の前に責任があるということに。
裁判官に「最後になにか言っておきたいことはありますか」と聞かれたが、「特にありません」と答えた。
今でも契約書には【結婚式費用は全額後払いです】と明記してある。
現場からは以上です。
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