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神保町のとあるジャズバーにて

神保町駅に着くといつも自然とA7出口から出ている。相変わらずミーハーな方々が列を成している喫茶店さぼうるを横目で通り過ぎ、外観がこじんまりとした小さなジャズバーに入った。ガラス越しに見えるシンプルな外観に引かれた。

誰に影響されたわけでもないのに、中学生時代からジャズを聞いていた。どこで影響を受けたのか、ジャズ=「ちょっと大人」だと思い背伸びをして最初は聴いていたのだと思う。周りがBUMPやアジカンやアヴリル・ラヴィーンなんかを聴いている中で、ジャズを聴く中学生の私ってちょっとイケてる!とか思ってた。聴いていくうちに、自分はジャズが好きと言うよりは、耳への心地よさに安心感を抱くのだと知った。何処までも自由で気取らないのに、ぐちゃぐちゃに思えて奏者一人ひとりのパッションが絶妙にピシッと混ざり合ってる、パラドックス的なジャズの魅力に憑かれた。

ダメは元々で、マスターに私にとって思い出の、キース・ジャレットの名盤”The Melody at Night with You”の中の五曲目をリクエストしたら、「CDだけどいい?」と言って心良く店内に流してくださった。カラーボックス程も大きさがあるスピーカーが店内の両サイドに設置されていて、旋律は聞き慣れているものと全く違った。私は目を閉じて、孤独でたまらなかった10代、家族全員が寝た後、決まって自室でこのアルバムを開いてた深夜に思いを馳せた。

五曲目であるマイ・ワイルド・アイリッシュ・ローズの、鍵盤の一音が流れた瞬間、店内の全員のお客さんが静かになった。ここに居る全ての人が皆同様にキース・ジャレットの、フレイジャルでありながら愛が溢れ出ている一つ一つの音、その行間の空気に吸い込まれていた。不思議な5:13秒間だった。皆、何に思いを馳せていたのだろう。

ありがとうございますと言って店を出ると、店主の60代程だと思われるマスターが、「また来週もお待ちしています。」と笑顔で見送ってくださった。私と連れはそんなにお金を使うでもなく、それぞれシーバスリーガルのソーダ割りと、ビールを一杯ずつ頂いただけだったのだが。その笑顔は嘘のないように見えたので、きっと私たちは気に入られたのかもしれない。


最後、ドアに掛けた左手の薬指にはめられた、ダブルチェーリングだと思われる、控えめな金色の指輪が印象的だった。お店のお手伝いをされていたのは奥様だったのだろう。

そこに、長い年月と育んできた愛の深さを感じたのは私だけだろうか。

流石に来週は行けないが、神保町に来た際にはまたここで一杯飲んでから本の散策に出ようと思った。少なくとも、あそこまで上質なスピーカーを置くジャズバーは都内でもなかなか無いだろう。

次はアート・ブレイキーのモーニンを聴いてみたいなぁと思う。ハンク・レヴィのウィップラッシュもたまらない。バットノットフォーミーも、ジョン・コルトレーンの脳みそが弾けてしまうようなテナーサックスの音も。欲張りな私は、次回は一人で訪ねて、お客さんが少ないタイミングを狙ってリクエストしまくるだろう。

生憎心惹かれる古本とは出会えなかったが、その代わりに素晴らしいジャズバーを発掘出来た日だった。


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