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【連載】第1回 うまいだけの絵に欠けているモノ(話し手:チカツタケオ)

村上春樹さんの『騎士団長殺し(新潮社)』をはじめ、湊かなえさんや東野圭吾さんなど著名な作家の装画(表紙の絵)、雑誌・文芸誌の挿絵など、数多くの素晴らしい作品を手がけるフリーランス・イラストレーター、デザイナーのチカツタケオさん。今回はチカツさんのお仕事のこと、ご自身が描きたい絵のこと、ピンチの切り抜け方、今の若いクリエイターたちに伝えたいことなど、たっぷりとお話を訊いてきました。

チカツタケオさんの仕事

第1回 上手いだけの絵に欠けているモノ。

チカツ
湊かなえさんの装画のお仕事のとき、「白のバックに白のドレスを描いてほしい」って言われて。イメージはあったんだけれども、実際に描いてみると白に白で、全然絵が立ち上がってこない、ってことがあって。

末吉
あ~、「なんかちょっと目立たないな」って感じですか?

チカツ
白に白だから全体の存在感が出せないというか、形にならないというか。でも、細部のレースは描きたいし。かといってレースを描き始めると、そこばっかり目立っちゃって、全体的には絵がちくはぐになるし、綺麗に見えなくなるという感じです。

末吉
結構、苦しんだ感じなんですね。

チカツ
最初の段階から、わりとスーッといっちゃう仕事もあれば、そうじゃない仕事もあるんです。で、このときは、「どうも全体のバランスが上手くいかないな」っていう感じでした。

( 湊かなえさんの『母性』の装画 )

末吉
上手くいかない状態が続くこともあるんですか?

チカツ
何かのきっかけでイメージが見えてくれば「あとはこうしていけばいい」っていうのがわかってくる。

末吉
ってことは、道が見える感じなんでしょうか? もう、こんなふうに進めていけばいいっていう。

チカツ
道が見えるっていうよりも、イメージかな。

末吉
なるほど、イメージができていくってことなんですね。チカツさんは、白いドレスの装画に関して「仕上げの段階になって、この絵は今までと違って発見や希望が見えてきた」って表現をされているんですが。これってもう少し詳しく言うと、どういうことなんですか?

チカツ
一枚の絵を描くことで、「今回はこういう発見があった、次にこういうところを生かせる」だとか、「ここが今回はとても上手くいったな」って、次の展開につながるような発見があれば、収穫になるじゃないですか。

白のバックに白いモチーフって、初めて描いたんですが「白の地でもこういうふうに描ける」ってことがわかれば、次に同じようなことがあったときの自分にとって自信になる。

末吉
なるほど。自信や技術として、身についているっていう。

チカツ
たとえば白バックに白のモチーフも、次からは自信を持って提案できるようにもなりますし。

末吉
できることの幅も広がったり?

チカツ
そうですね、幅も広がるってことかな。

末吉
それが、ご自身の中でも喜びだったり。

チカツ
たぶん、僕だけじゃなくて、みんなそうだと思うけれども。

末吉
いやぁ、確かにそうだと思います。たとえば、文章の場合だと「いい表現ができた」「今までと違う表現ができた」みないなことですよね。

チカツ
「英単語を10個くらい覚えちゃった」とかね。新しい単語を覚えたことで、より正確な意思を伝えられたり、より幅広い話題で会話できるとか、そういうのに近いかもしれないな。

末吉
そういう意味では、チカツさんにとって発見の多い仕事と、そうじゃない仕事ってあるんですか?

チカツ
それはありますよ。新しいことをしなくてはならないときは発見はありますし、逆にいつも通りの絵のときは発見と意識できることはない気がします。美大受験をしていた20代頃なんかは理系大学在学中から、美術系の世界も全くわからず美術系予備校で絵を描き始めたから、はじめの3年くらいって色々なことが新鮮だったし、特に発見が多かったです。発見があれば確実に成長していく。

( チカツさんの仕事風景 )

末吉
たとえば「こういう絵も描けるようになった! 」みたいな?

チカツ
そうですね。描くことだけじゃなく、観ることや考え方にも発見があります。毎年、積み重ねていけるんだけれども、3年くらい経つとそこから伸びなくなっちゃう。それって、おそらく発見がなくなりはじめて飽きてくるのか、飽きてきているから発見もなくなってくるのか、マンネリ化していくんです。

だからその都度、発見ができれば理想なのだけれども、仕事だと、次から次と締切に追われてこなさないといけないから、なかなかそこは難しかったりするかな。

末吉
でも、もちろん今でも、チカツさんは細かく発見はされているんですよね?

チカツ
発見をしたいとは思っていて。前にね、堀江貴文さんがテレビで、監獄の中にいたときに「単純作業をしなくちゃいけないことがあって」という話をされていたときがあったんですけど、それをいかに楽しめるか、っていうことをおっしゃっていたんです。

これって、ひとつの、成功のコツのようなものだなって思って。どんな単調な仕事も退屈な仕事だっていうふうに請けるんじゃなくて、そこに何か楽しみを見つけられるようにしないと。やっぱりいいものを創ったり、成長はないだろうなって感じたんです。

末吉
意識して楽しみを見つけていく?

チカツ
見つけていかないと上達しなくなるし、自分も苦痛になるし。精神的にも肉体的にも、大変になっちゃう。だから、楽しみは見つけられるようにしたいです。

末吉
楽しみを見つけるためには、意識を切り替える必要があるんでしょうか?

チカツ
意識は切り替えないと、いけないかもしれない。

末吉
ただ描いているだけじゃ、マンネリの中に入っていってしまう、ということですよね。

チカツ
ただ描いているだけでも魅力的な絵を描ける人もいるのかもしれませんが、僕は作業になっちゃう。作業になると、自分の知らないところで「技術はあるけれども、面白くない絵だね」って言われる世界になっちゃうから。

僕なんかよりも、技術がある写実の絵を描く人は、たくさんいると思っていて。でもその中で、技術はすごいなと思うけど、一歩引いて絵としてみると絵自体はつまらないなという絵はあるわけで。それっていうのは、技術の方に重心がいきすぎちゃってて、バランスが悪いのかもしれない。まあ、本人は写すのを楽しんでいるのかもしれないけれども。

末吉
うーん、それはどうかな? っていう。

チカツ
表現までいってなくてペン字や書道でいえば先生の見本をそっくりに真似ることで満足してしまっているか、どこかマンネリ化しているか、何かが欠けている絵になるんじゃないかな。だから、僕が写実の絵を描くときも、そこに陥らないように「ただ写しただけの絵にならないためには、どうすればいいか? 」って、いつも頭の中にある。

末吉
それはチカツさんの中で、ひとつのテーマなんですか?

チカツ
テーマってほど大げさではないですが、「技術にいきすぎていないか」っていうのは常に立ち戻ります。

末吉
いかに「写実的にその通り描く」ってだけのところに、いかないようにするかという。

『SWITCH2014年12月号』で使用したイラスト )

チカツ
「その通りに描く」は写実の絵の最初の基本だとは思いますが、表面的な部分はできる自信もあるので「写す」のではなくて、美しく見せるなり面白く見せるなり、無意識の中にそういう感覚を意思として持ってないと、つまらないものになっていってしまう気がします。だから砂地に描くようになったのも、最初はそういう理由があったんですよね。

平坦なところに描くと、僕の場合はどんどん細かく描いてしまうから。細かく描くと、写すことばっかりになりはじめて、表現するだとか、人がどう見るかっていうのがなくなっていってしまう。あえてできなくしてしまうと、じゃどうすると無意識の中で考えてる気がします。

末吉
うーん、描くだけで…なるほど。

チカツ
でも、砂地に描くことによって、俺はここまで細かく描けるぞ、みたいなのは無くなっていくから。

末吉
だからあえて砂地に描いて、ちょっと制限を設けているんですね。

チカツ
そうですね。細かく描くことだけが技術じゃないけど、僕の場合ほっておくと細かく描くことに流されてしまう癖があるから、そこじゃないところでみせるためには、どうするかっていう。

末吉
勝負をするというか、そういう工夫もされているんですねぇ。

チカツ
だって、さっきも言ったけど僕より絵が上手い人はいっぱいいるから、世の中に。

末吉
それって、世の中的にいうと「魂がこもっている」だとか「イキイキしている絵」みたいな感じってことなんですかね?

チカツ
…結果的にはそういうことなのかなぁ。美大受験予備校で習って3年が過ぎたくらいから、自分の中でどこかマンネリ化して、成長が止まりはじめたとき「何か絵が面白くないんだよね」って言われるようになったことがあって。技術的に問題はなくて、形も一定以上にはちゃんととらえているのに。

原因は、僕の中で「モチーフに対して発見がなくなっていたから」だと思うんです。たぶん絵を描くことって、そこに自分で発見を見出して、発見を絵に置き換えてあげて、見る人がその発見から何かに気づくことが、コミュニケーションになるんじゃないかな。描く人に発見がないと発見を表現できないし、絵を見る目のある人からは「上手いんだけどね…」って言われるだけになっちゃう。

末吉
それって、あまり何も感じない絵ってことですよね。ただの絵として見ちゃう。見るだけで終わって、何か心が動いたりすることはない。でも、それで悩んでいる人って少なくない気がします。

チカツ
いっぱいいるんじゃないかな、絵に関しては。

末吉
いや~、そうですよね。これ、文章も似ているところがあるのかなって。もう自分のパターンができてしまって、ある程度までは書ける、表現できるようにはなるけれど…。これって、もうほとんどの方が同じことを言いますよね。

チカツ
僕は、何かしら伝えることができるものを創りたいから。

末吉
それはたとえば、今ライフワークとして描いている「靴の絵」ってことですか?

チカツ
「靴の絵」は、もう10年くらい続けているから「チカツ君は、同じような絵をずっと描いていて見飽きたね」っていう人もいるんじゃないかな。でも僕の中では、まだまだシリーズとしては全然完成していなくて。

( チカツさんがライフワークとして手がける靴の作品

末吉
ちょっとずつ自分の中では前進している?

チカツ
そろそろ違うシリーズも描きたいし、写実的な絵以外にも挑戦したい。そこでマンネリ化しないで先に進めるためには、どうすればいいかってことを。

末吉
いつも工夫されている、と。

チカツ
工夫ができているかどうかはわからないけれども、考えていますね。

末吉
ほんとに、素晴らしいですね。ある一定レベル以上の方たちは、口を揃えてそうおっしゃる気がします。

チカツ
僕は、マンネリが一番いけないことだと思うから。

( つづきます )

【 profile 】
チカツタケオ
デザイン事務所数社に勤務の後'98年よりフリーランスイラストレーター、デザイナー。'06年青山塾イラストレーション科修了。’06年9月〜'08年2月南仏Aix en Provence滞在。’07年ザ・チョイス年度賞優秀賞。'09年第8回TIS公募金賞。

CHIKATSU's works

【 website 】
http://www7b.biglobe.ne.jp/~chikatsu/index.html

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