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妻は天の使者。

 妻は大切なことを話すとき、いつも台所に向かっています。僕の思い違いかもしれないけれど、ここ数回は確かにそうだ。パタパタと忙しそうに左右に動いたり、トントントンと包丁でまな板を叩きながら、大切なことをポソポソっと話します。しかしその言葉は、彼女の背中越しに、真っ直ぐ僕の心に届いてくるのです。

 僕は父親に、自分の仕事の話をした記憶がありません。そのまま父が亡くなってしまったのが心残りでした。それから1年が経ち、尊敬する作家の方々に混じって小説集を出したり、書籍の企画の話が動き出したりして、心からやりたかったことが形になり始めたことについて、妻がこう言ってくれたのです。

 「お義父さんは喜んでるだろうし、天国であなたのこと自慢してると思うよ」その言葉を聞いた瞬間、堰を切ったように涙があふれだしました。途中から我慢するをやめて泣きました。声を出して泣きました。目の前にいた娘の胸を借りて、顔を押しつけて泣きました。

 心の奥底で作家になりたいと思いながらも、ちっとも動けない情けない自分。父の死が、そんな僕を力強く押し出してくれました。でも、当たり前だ。亡くなってほしくなんてなかった。しかし結果的には、父に助けてもらった形になったのも事実。どうしてもうしろめたいような、言葉にならない気持ちが拭えない時期がつづいていた。妻が天国にいる父の言葉を届けてくれる天使に見えました。

 今日も読みにきてくださって、ありがとうございました。この世界はなんて美しいんだろう。

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