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中国マネーの新潮流、ネットイース「ANICI」の日本アニメ投資の意味

■AnimeJapan 2023に登場した謎のブース「ANICI」

 コロナ禍を切りぬけて、日本アニメが再び成長軌道に乗っています。日本動画協会が集計する「アニメ産業レポート2022」によれば、2021年の国内アニメ市場は過去最大の1兆4288億円に達しました。
 またこの3月には総合アニメイベント「AnimeJapan 2023」が開催され、約110社の出展と10万人以上の動員となりました。「AnimeJapan」は2022年も開催されましたが、コロナ禍でリアルの参加者や企業・団体出展は激減していました。今年はこれが大幅に回復し、アニメイベントらしい賑わいを見せました。

 その「AnimeJapan 2023」会場のなかに見慣れない名前「ANICI」と名付けられたブースがありました。『機動警察パトレイバー』や『絆のアリル』『HIGH CARD』『大雪海のカイナ』といった作品が紹介され、キャラクターグッズがプレゼントされていました。
 興味深かったのは、この「ANICI」をどこが運営し、「ANICI」が何のビジネスをしているかが分からなかったことです。制作スタジオではないですし、配信プラットフォームや放送局、映画会社のようにアニメを必要とする企業でも、グッズ制作・販売やイベント会社でもありません。
 
 「ANICI」の正体は、「AnimeJapan 2023」の直前に発表されたリリースから明らかになります。株式会社NICIが立ち上げたアニメブランドだとしています。さらにNICIを調べると中国の大手ゲーム会社NetEase Gamesの関連会社であることが分かります。
 「ANICI」は同社が日本アニメ進出に合わせて打ち立てたブランドです。公式サイトの会社紹介では、“「その感動、10年後も」をテーマに、コンテンツ創作に対するリスペクトとチャレンジ精神をもって、多くのみなさまが楽しめるコンテンツを提供することを目指していきます”としています。息の長いプロジェクトのようです。
 
ANICI 公式サイト https://www.anici.co.jp/
 
 中国からの進出は、ちょっと意外です。アニメ業界ではコロナ禍を挟んだここ数年、日本から中国への展開、そして中国からの日本展開の熱気はしぼんでいるように見えるからです。

■夢から覚めた中国ビジネスのいま

 中国における日本アニメビジネスは、2010年代前半が大きな転換点でした。それまでインターネット上に海賊版が氾濫していた中国市場で、動画配信のビジネスのフォーマットが整いいっきに正規化したからです。そこで各配信業者は人気の高い日本アニメの配信権を競って購入しました。日本アニメ番組の中国向け販売価額は急騰し、2010年代の日本アニメの海外ビジネス急成長に一役買いました。
 ところが2019年頃より状況が変ります。ひとつは配信プラットフォームの統合、撤退が進んだことです。さらに配信会社間のジャンルや視聴ターゲットの棲み分けも起き、買付け競争が収まることで番組価格は落ち着きます。
 もうひとつは行政の配信番組への表現規制が強まったことです。暴力的なもの、政治的なもの、セクシュアリティの強いものなどに配信できない番組が増えました。2023年現在は、表現規制はむしろやや和らいだとの指摘はありますが、依然、どの番組が配信できなくなるかの予想がつきません。そんなリスクを考えれば、日本側も中国側も番組取引には慎重にならざるをえないです。
 
 さらにこの時期に注目されたのが、中国から日本への投資です。中国企業による日本のアニメ制作への制作発注、さらに制作会社を傘下にしたり、中国資本による新スタジオ設立の動きもありました。日本での制作に進出することで、作品の優先的な購入や中国市場に向けた日本アニメスタイルの作品を確保する目的があったと思われます。
 しかしこれはあまりうまくいきませんでした。日本のアニメ業界は独特のネットワークで結びついており、新規参入企業が高いクオリティのアニメを短期で制作することはなかなか難しいのです。100%海外出資の作品はアニメーション制作にとっては単純な受託案件になるので、映像クオリティを高めるモチベーションも弱くなりがちです。
 一方で中国の制作会社が一定のクオリティで2Dアニメスタイルを作り始めています。中国企業がわざわざ日本にスタジオを持つ、あるいは日本の制作会社に発注する意味は小さくなっています。そんなわけで一時期の中国ブームは一気に萎みました。

■“日本アニメ”に投資するという考え方

 では中国企業は、もう日本アニメに関心がないのでしょうか。必ずしもそうではないようです。ここで冒頭の「ANICI」に話が戻ります。
 NetEase Gamesは「ANICI」で、日本アニメに投資することにどんな見返りを求めているのでしょう? NetEase Gamesは放送局でも、配信プラットフォームでも、映画会社でもありません。映像作品は不可欠なパートでないはずです。もちろんヒットした作品を中国展開し、ゲーム化するとの選択肢あります。ただゲーム化できる作品はさほど多くないでしょう。
 
 そこでANICIのテーマ「その感動、10年後も」が重要になります。おそらくANICIのアニメ出資は長期視点を持った純投資なのでしょう。もっというならば”IP“への投資なのだと思います。
 昨今、よく言われる”IP“は知的財産権のことですが、正直、わかりにくい言葉です。アニメに関してなら、映像だけでなく、ゲームやマンガ、音楽、イベント、グッズなど多方面に展開する作品やキャラクターと言い換えると分かりやすいかもしれません。理想は『ドラゴンボール』、あるいは『AKIRA』や『攻殻機動隊』のように何十年にもわたって稼げる作品です。
 
 ANICIの目的は、日本アニメの成長性を当てにした投資です。出資作品が、日本で、そして世界で売れて利益が手元に戻ってくるのならば、必ずしも中国展開しなくとも問題ないわけです。日本という“アニメ”生産地を起点にグローバル展開を目指しているように見えます。
 日本アニメはグローバル展開で強みがあり、中国より規制が少ない日本は中国企業にとってもビジネスの機動性は高いはずです。
 
 あたかも投資ファンドのような動きは、実際はアニメ分野に限ったことではありません。NetEase Gamesの本丸というべきゲーム分野ではさらに顕著です。世界各地の有力ゲーム会社に出資するニュースが相次いで伝えられています。日本における有力コンテンツがアニメというわけです。
 逆にこうした日本アニメに投資できないかといった動きは、NetEase Gamesだけに限らず世界各地で増えそうです。同じ3月には中東の大手メディアMBCグループも、日本アニメへの投資を発表しています。IPを見据えた海外からの長期的な日本アニメへの投資は、新たな潮流として今後浮上するかもしれません。

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