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叱られるのには必ず理由がある

日本はすこし頭のおかしい国で

 「イジメにはいじめられる側にも問題がある」

と言うようなことを真面目に言い出す人がいて、それによって時にイジメる側の責任が軽減されることを許してしまう国となっています。いえ、実際にイジメられる側にも『問題原因』はあったのかもしれませんが、それは「=責任を折半するべき」という話とは結び付きません。

仮にイジメられる側にイジメを誘発するような原因があったとしても、それは日本という国で生きていくうえで、

 「だからイジメてもいい」
 「だからイジメられるのは仕方がない」

なんてことは、遵守すべき法律に照らし合わせてみても言うべきでないことがわかります。

つまり

 ・問題の有無…イジメる側、イジメられる側それぞれにある(かも知れない)
 ・責任の有無…イジメる側オンリー

と言うそれぞれ別の観点で語られている分には構わないのですが、保険適用と同じように責任の範囲を決めるために「問題の有無」を詳らかにする…と言うのであれば、それは明らかにおかしい…と言わざるをえません。

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イジメは「イジメる」と言う明確な意思がある以上、イジメる側が100%悪いものです。明確な意思が無くても、配慮が足りずにイジメにつながった場合は、やはり悪いと言えるでしょう。

どんなにイジメやすそうな原因をまき散らされていても、イジメていい理由には絶対になりませんし、自分たちで勝手に解釈し、こじつけた『イジメていい理由』『イジメても仕方がない理由』があれば法律を侵しても許される…なんてことは絶対にありえません。

それを自制できない加害側に問題があるのです。



とまぁ、最初からいきなり脱線しましたが、イジメとは「そういうものだ」と言う持論を語りましたけど、ビジネスの場において

 叱られる

場合には同じような理屈は通用しません。叱られるには『叱られる原因』が必ずあって、それが改善されない限りいつまでも叱られ続けます。

もちろん叱っている人が悪意をもって…すなわちイジメと同じ感覚で叱っているのだとすれば、それは叱られる側に問題があるとは言いませんけども。なかには自分の感情に任せて叱ったり、あなたのせいでもないのに八つ当たり的に叱ったりする人もいるでしょう。

しかしそれでも、他の誰でもなくあなた自身に対して叱っているのだとすれば

 「本当に、自分の行動に叱られる要因はなかったのか」

と立ち止まって考えなければなりません。

あるコンビニで、学生くらいの年齢でとても接客態度が悪いバイトの子がいました。

深夜帯だったので、当然酔っ払いが大声で騒ぎながらお店に入ってくることもあります。そんななかで声も小さく、ぶっきらぼうで、態度があからさまに悪い姿勢でいると、その酔っ払いの客も怒りだします。

「酔っ払いだから」と言ってしまえばそれまでですが、このバイトくんが怒られたことが問題なのではありません。ひょっとすると酔っぱらっていなければ、怒鳴りつけるような客はいないかもしれません。ですが酔っ払いも、そうでない人も等しく『不快感』を持っていたわけです。その感情が表に出るか出ないかはたいしたことではなく、客に不快感を与えるような接客だったことが問題だったわけですね。

結局、その店員は1ヶ月もしないうちに姿を見なくなってしまいました。


叱られるということは、必ず改善するべきポイントがあります。

どちらが良い悪いではなく、どちらがより悪いとかでもなく、自分の中にも必ず改善すべきポイントがあるということです。

だからこそ、「なぜ叱られたのか」その理由を考えましょう。
必ず、成功に導くための改善点が見つかるはずです。


なかには、『考えさせる』ことが目的で叱る人もいます。

叱るほうにもそれなりパワーが必要なはずですから、そのいただいたパワーを受け取った後はマイナスにではなく、プラスに変化させてください。

どんな活動でも、「1度も失敗したことがない」ということはあり得ません。電球を発明したエジソンも何万回という失敗の末に成功させました。どんな偉人でも、どんな有能な人でも、1度の失敗もなく成功させてきたわけではありません。叱られたり、怒鳴られたりもしたことでしょう。

そうして徐々に上達していきます。


逆に、叱るべき時に叱らない上司と言うのもいますが、それは上司に責任があります。叱るという行為は、現状打破、現状改善のトリガーです。これを個人的な都合で適切に用いなければ、『問題点』が改善されないままで次の仕事に移ってしまい、また同じような問題を起こすことになります。

その覚悟と責任がないのであれば、叱るべき時にきちんと叱らなければなりません。


また叱られる側は、叱られることに慣れて「叱るやつが悪い」と思ってしまい、自分を許すことばかり覚えてしまったら、今の自分を成長させる機会は決して訪れません。自分を許すということは、今の自分を受け入れ、満足する…ということでもあるからです。

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