にいづましょうぎ感想(トポ様)

▷総合

「将棋」と「夫婦の仲」というテーマ的に斬新なニッチをつかんだ勢いで、面白く始まる。文章も軽いため、さっと一章の終わりまで読めるし、夫婦の仲が修復された二人の様子は愛らしい。その点、恋愛小説としてもいいと思う。

 ただ問題なのは、冒頭で提示される対立――主人公が感じている新婚生活後の不満――は彼女が将棋を始めることで解決しているのではないだろうか。

 だから第一章の終わりからテーマ的にも構成的にも面白さが引いてしまっている。一応将棋大会という新たな対立も登場するのだが、勝たなければならない理由が弱く、切迫感がもっとあってもいいような気がする。

 しかし、『にいづましょうぎ』のもう一つの魅力はワイワイとした日常的な雰囲気なのかもしれない。三章と四章では〝楽しい〟将棋が描かれている。鬼籠野燐の毒舌のように面白いシーンもある。だが、僕が個人的に日常作品はあまり好まないため、この点ではうまい感想を書けない。

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▷テーマ

「将棋」、「夫婦の仲」、「わいわいとした日常」。

▷原案

 基本的にゲームを主題とした作品の主人公は元から天才、またはなんらかの理由でそのゲームにのめり込み早い段階で強くなるという物語が多い。そのため、凡人が強くなるためではなく、夫婦の仲を修復するために将棋を始めるというのはうまいニッチである。

▷文章

 ライトノベルのような軽い一人称。読みやすい。表現したかった日常的な雰囲気にうまく合っていると思う。

「第零章・新妻将棋前夜」ではトーンが他の章とは違い、文章を使い分ける技術もある。

 他愛のないことだが、印刷された小説では平仮名で表記される言葉がいくつか漢字で書かれているのが目に入った。良し悪しにはまったく関係ないが、読みやすさを目指すなら、「勿論」「無い」などは基本的に開いた方がいいと思う。

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▷エステティック(見かけ、上辺)

 他のゲームを主題とした作品と違うのは、局面を挿絵で出してくれること。しかしこれは諸刃の剣でもある。将棋を知っている読者の好感はたぶん上がるが、将棋を知らない読者には邪魔に思われるかもしれない。(僕は最初の詰将棋は面白いと思ったが、それからは挿絵の局面を見てもなにがどうなのかよくわからなかった)

 全体的に「第二章・妻と夫のLOVEゲーム」あたりから将棋用語が増えたような気がする。上と同じように読者を選ぶ可能性と危険性がある。個人的な欲を言えば、脚注をつけて解説して欲しかった。

 あまり自信はないのだが、少々対局自体に焦点を置きすぎたような気がする。対局自体を将棋を知らない読者に面白くするのは難しい。将棋をやる人には面白いのかもしれないが、僕はあまりわからなかった。

▷世界設定

 現代の日本。これはむろん、テーマが「将棋」と「夫婦の仲」なのだから、妥当。

▷キャラクター構成

《園瀬香織》
 物語にピッタリの語り手だと思う。口調が明るく、面白い。特に好きだったセリフを一つ挙げる。

>うん。
>やっぱ肉じゃが、無し。
第一章・対局中はお静かに/(2)対局デート?より

 また、ゲームを主題にした物語には女性主人公が少ないと思う。将棋の世界はよく知らないが、チェス・プレイヤーの大半が男性なので、強い女性は妬まれ、男性とは異なった種類の反感を買う。そんなわけで主人公が女性だと性差別や恋愛などといった要素が加わる。『にいづましょうぎ』では性差別は登場しないが、視点がいつもと違うという意味では面白く、新鮮である。

《園瀬修司》
 かっこいい。惚れ惚れする香織のパートナー。少なくとも欧米ではチェス・プレイヤーはオタク、あるいは変人という先入観があるので、修司が社交的であり、切実な理由から将棋を始めるというのが魅力。

 迷うのは修司の父とのエピソード。僕の感性がおかしいのかもしれないが、あまり胸を打たれなかった。もしかしたら全体的に軽いトーンに合わなかったのかもしれない。感情移入ができないわけではないのだが、構築され脚色されたエピソードのように感じた。しかし、このようなエピソードを好む人もたくさんいるので、僕だけの感想かもしれない。

《鬼籠野あゆむ》
 僕が読んだかぎりではポテンシャルがあった、もったいないキャラクター。あゆむの登場は力強い。修司を倒し、十枚落ちでも香織に勝ってしまう。また、あゆむと修司の間になにか臭わせるのがうまい。

 問題は、あゆむは香織と修司の近くにいるべきだったと思う。仲間だった者が寝返るのは面白いのだが、その面白さのためにはあゆむと主人公たちの友達歴が短く薄い。逆にあゆむは修司のそばにいて、夫婦の仲を時々危うくする存在であるべきだったのではないだろうか。

 また、あゆむが生まれは男だというのも物語的にはなにも変えないので、衝撃的などんでん返しではなかった。それ以上に、あゆむが男だとすると、そもそも修司の恋愛対象に恐らく入らず、香織のライバル的なポテンシャルがなくなってしまっていると思った。

《鬼籠野燐》
 毒舌が好き。

《竜ヶ崎》
 いい敵役。竜ヶ崎は原案と同じぐらい『にいづましょうぎ』の魅力を秘めている。

 僕が個人的に好きだったのは、将棋の棋士にはそれぞれ独特なスタイルがあるということ。

>敗者は、自分が何故負けたのか理解できない。
>最善手を指し続けたはずなのに、最後には敗北する。
>まるで魔法のような将棋だ。
第二章・妻と夫のLOVEゲーム/(5)結婚式を懸けてより

 チェスの奇術師と呼ばれたミハイル・タリのことを思い出した。将棋はチェスと同じく芸術であり、科学であり、スポーツであるのだから、一手ごとに棋士の人生が込められている。竜ヶ崎はそのことを象徴しているように感じた。

 ただ竜ヶ崎雫の口調と、他のキャラクターが竜ヶ崎のことを話す時、現実味がないように思えた。

▷プロット

 第一章の構成はうまくできている。

 たとえば「第一章・対局中はお静かに/(4)愛を取り戻せ」で鬼籠野の十枚落ちに主人公を負けさせることで、初心者と初段の圧倒的な強さの違いを読者に見せつけている。それに王将だけで勝つ鬼籠野はかっこいい。歩を角の頭に打ち込むシーンも将棋ならではの戦法で唸ってしまった。

 他にも第二章の初めあたりまで続く、鬼籠野と修司がお互い気になっているのかもしれない、と臭わせているのもいい。ただ、この伏線が後から最大限に活かされていないのが残念(キャラクター構成参照)。

 最大の難点は、主人公と修司の仲が修復された後、竜ヶ崎という敵役が登場するのだが、説得力が弱いこと。

>「棋力の大小関係無く、竜ヶ崎の関係者と指した人間は虜になり、まともな将棋を指せなくなるのです」
第二章・妻と夫のLOVEゲームより/(5)結婚式を懸けて

 これは実際にエピソードして見たかった。まともな将棋を指せないとはどういうことなのか。そのことを具体的に描けば、竜ヶ崎を倒すという理由もより強くなると思う。

>「貴方がたは我々にとって、救世主と呼べる存在です。
> 香織さん、貴女の将棋は愛に溢れている。勝ちに拘らず、相手の殺意も憎しみも全て、一局の内に包み込んでしまう。後に残るものは、温かみのある、慈愛に満ちた投了図。
> 修司さん、貴方は香織さんの内なる将棋を開放する、原動力となる存在だ。
> 是非共に戦って欲しい。
> 貴方がた夫婦の愛こそが、竜ヶ崎打倒の切り札なのです」
第二章・妻と夫のLOVEゲーム/(5)結婚式を懸けてより

 ここも説得力にかける。いきなり救世主は大げさなのではないだろうか? 夫婦の愛が竜ヶ崎を打倒する切り札だというのもよくわからない。

>「勝敗は問いません。ご協力いただけるのであれば。
> この道場を、披露宴の会場としてお貸ししましょう」
第二章・妻と夫のLOVEゲーム/(5)結婚式を懸けてより

 勝敗を問いた方がいいのではないだろうか。同じ章で、竜ヶ崎に勝てば神社で結婚式を挙げられると書かれているが、勝つ理由にしては切迫感にかける。

 しかし、別に勝たなければならない理由が弱くてもいいのかもしれない。楽しくワイワイしながら将棋をやる日常的な物語なら対立が生死などをかけるほど重くある必要はない。ただ、魅力的な敵役の竜ヶ崎を登場させていることからして、スリリングな将棋と日常的な将棋を両方同時に描こうとしているのではないだろうか。

 その点、「第四章・秋祭りは波乱がいっぱい?」には統一感がないような気がする。

 まず、対局を同時ではなく一つ一つ書くことでスリルが大きく失われている。なぜなら香織が勝った後の流れがプロット的に決まってしまっているからだ。燐が対戦できるためには修司は負けなければならない。そして、三人がチームとして勝つために燐は勝たなければならない。もちろん他の可能性がないわけではないのだが、プロット的にはこの流れが一番自然。

 しかし個性的な相手が登場しているのだから、もしかしたらこの章で注目するべきなのは対立ではなく愉快なやりとりなのかもしれない。だとしたら結構な文章量が対局自体に使われているような気がする。

 結論として、冒頭はうまい。鬼籠野あゆむが修司を気にしている伏線もよかった。しかし、夫婦の仲が修復されてから登場する対立が物語全体のワイワイとした雰囲気にあってないような気がする。

▷雰囲気

 わいわいとした日常的な雰囲気が『にいづましょうぎ』のもう一つの魅力だと思う。しかし「総合」でも書いたようにこのことではうまい感想を書けない。強いて一つ言うとしたら、四章あたりで描写するキャラクターの数を少なめにして、その代わりにキャラクターの色をより鮮やかにした方がよかったのではないだろうか。

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