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コミュ障だった私が最近つい話したがりになってしまうので「聞く習慣」を読んでみた

かつて私はコミュ障だった。物心ついたときから、話すことが大の苦手だった。1人図書館に籠り、本をめくる時間が心が唯一落ち着くものだった。

そんな私が大学時代から少しずつ話せるようになって、日本語教師の経験を経て、社交的だと言われるまでに変わった。

でも最近「自分の話をしすぎてしまう気がする」と悩んでいたところ、見つけた本がある。いしかわゆきさん著「聞く習慣」。

私の過去の気づきと本を読んで感じたことをまとめようと思う。

大人数が怖かった学生時代

幼稚園児は、例えば月に一回催される誕生日会で自分の名前を言わなきゃいけないシーンで、蚊の鳴くような消え入りそうな声で話していたようだ。

小学生になってからも、授業では先生に当てられないように視線をはずしながら小さく手を上げる日々。中学生でも発表するのが苦手で大勢の視線が怖かった。高校生になっても複数人で話すことが大の苦手で、自分の発言の後の沈黙が耐えられなかった。

人と上手く話せなかったとき、自分の気持ちが伝えられなかったとき、なんか気まずい雰囲気を感じてしまったとき、決まって家に帰って泣いてしまいひどく落ち込んでいた。なんで普通に話せないんだろうって。

卒業アルバムの寄せ書きで必ず「優しそう」「真面目そう」と書かれるのが嫌だった。きっと話を振られても、にこにこしているだけだったからだろう。

周りに人が自然と集まる人とは、話が上手くて盛り上げ上手な人だと思っていて「面白くない自分」をいつも煙たがっていた気がする。

もしタイムマシンに乗って学生時代に帰ることができたら「無理して面白い人にならなくても大丈夫だよ」って言ってあげたくてたまらないくらいだ。

そんな私が最近「社交的ですね」とか「明るいですね」と言われることがぽつぽつある。先日、大学時代の友人からも「色々な人とすぐ打ち解けられるよね」と言われて昔とは変わったのかなと思った。

話さざるを得なかった大学時代

私は日本語教師になるために2011年の春、県外の大学に進学した。そこでは、高校時代までと同じようにクラスが作られた。

15名程度のクラスメイトと一緒に毎日講義を受けた。でも高校時代までと違うのは、強制的なアウトプット環境が用意されていたことだ。

日本語学科に所属していた私は、第一専攻として日本語、第二専攻として英語が必修科目だった。

日本語と英語の比率は半々くらいで、読んだり聞いたりするインプットはもちろんだが、特にアウトプットの機会が多く、グループディスカッションやディベート、チーム・個人でのプレゼンテーションなど……とにかく「話す」機会が必然的に増えた。

もちろん、入学当初はうまくいかない。先生やクラスメイトからの評価で「声が小さい」がお決まりだった。

だが、みすみす単位を落とすわけにもいかない。話が上手い人をよく観察したり、友人にフィードバックをしてもらったりした。

少しずつ量をこなしていくうちに、人前で話すことの抵抗感が減っていった。

日本語教師の経験が人前に立つ怖さを和らげてくれた

日本語教師になってからも、もともとの性格はそう簡単には変わらないので、いつも教室のドアを開ける瞬間は緊張でいっぱい。

口角を上げ、声のトーンを確認し、できるだけ元気よくあいさつする。

「はあ~なんとか今日も終わったぞ」といつも授業が終わったあとはどっと疲れていた。

でも数をこなして、生徒たちと少しずつ関係性が深まっていく中で、話すのは怖くないかもしれないと思えるようになっていった。

あれ…話したがりになっている気がする?

しかし、最近薄々思っていたのが「話しすぎていないか」ということだった。

内向的な学生時代、アウトプットを積んで話すことにずいぶん慣れた社会人を経て、自分のことを話すのも会話をすることも抵抗感がなくなった。

そのおかげもあってなのか、最近インタビューに興味を持つようになり、今年の夏に初めてインタビューライターとしての仕事をした。

あるインタビューをした後に思ったのだ。「あの時、相手から話題を奪ってしまったかもしれない」「自分の話をしすぎたぞ」と。

その自覚があって、この頃、家族や友人、ご近所さん、コミュニティの人などと会話しているときにもなんだか自分の話し方が気になってしまっていた。

「聞く習慣」を読んで私がこれから会話で活かしたいこと4つ

そんなときに出会った「聞く習慣」。ようやく読むことができた。著者のいしかわさんも1人が好きだったり、大勢のトークが苦手だったりと共感することがたくさんあり、頷きながらあっという間に読んでしまった。

そこでは44の「聞く習慣」が書かれていたのだが、今の私に特に必要な3つを書き出してみる。

①意図がわからない質問を避ける

初対面の人に対する質問で「月収は?」「家族構成は?」などといきなり尋問しているような聞き方は避けたいし、自分に置き換えても怪訝に感じてしまうだろう。

他の質問においても、この流れでなんで聞いた?という質問をしないようにしたい。

「”その質問をする理由”をセットにして伝える」のは、できているようでしていなかったと思う。

②会話が途切れる時の深堀り質問を用意しておく

かつては話すことに精一杯で頭の処理が追い付かず、気づいたら会話が途切れていたことが多々あって、沈黙の時間が流れることも。本の中でも「会話が途切れる前に次の質問を考えておく」とよいとのことだった。

私も途切れたときに今も時々頭が真っ白になって、考えていたことが吹き飛ぶことがある。例としてあげられていた「~ということは・・・」などの接続詞を活用してうまく話を繋げていきたい。

③相手の情報を事前に調べ、忘れる

これは新しい視点だった。私は息子が生まれた2019年からX(Twitter)を始めたのだが、色々な人の生き方に興味があるので、気になる!と思った人に対してはコメントをするときにSNSを通して徹底的に調べてしまうくせがあった。

もしかしたら「知りすぎてて怖い」と思われていたかもしれないと振り返った。そしてインタビューをするときにも、相手が答える前に「○○さんって~ですよね」と勝手にまとめてしまっていた気もする。

別の箇所にも書かれていた「事前に得た情報を披露する場所ではない」という言葉がぐさりと響いた。

これから相手の情報は調べておくけど、一旦忘れて相手からの言葉を待ちたい。そして、その場の活きた会話をもっと楽しもうと決めた。

「話す」「聞く」どちらもバランスよく言語化を続けたい

いしかわさんの本を読んで、今までの自分のコミュニケーションの取り方を振り返るいい機会になった。

「話す」「聞く」どちらか一方では相手との会話は続かない。どちらのスキルもバランスよく使えるように、そして周りの人ともっと会話を楽しめるようになりたい。

そのために、これからも自分が普段思っていることをnoteに書く・誰かと話すことで言語化したり、積極的に気になる人の話を聞きに行ったりしたい。

「言語化することでストレスは9割解消する」

本の序盤に紹介されていた。まさにその通りだ。2019年に始めたこのnoteももうすぐ4年だろうか。きっと始めていなかったら産後のストレスで爆発していただろう……

12月には地元のレストランにインタビューに行く予定だ。緊張もありつつ、今からどんな話が聞けるかわくわくしている。インタビューは夏以来なので、また読み返したいと思う。








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