停電の夜

   

 もう五十年ほども昔の話だ。
 私の育った海辺の村は毎年恒例のように台風に襲われた。
 台風の夜には停電がつきもので、どこの家でも日の暮れる前から早寝を決め込んでいたのだが、そんなに早い時間から無闇に眠れるはずもなく、台風は怖いながらももう運を天にまかすしかすべもなく、雑音入りのラジオに耳を傾けながら、暇を持て余していた。
 そうなると私の出番なのだった。
 まだ小学生だった私は、懐中電灯を片手に村に一軒だけある食料品店へと雨風の中を踊るように走っていく。
 祖母がカッパを着ていくよう声を荒げるが、聞こえなかったふりをして急ぐ。
なにぶん店の親父は村中のだれもが恐れるほどの癇癪持ちなのだ。
 店の軋んだ戸ロを勢いよく開けると、案の 定、酒の毒に体中を侵された青黒い顔の親父がいらいらしながら待っていた。
 もうすでにアイスクリームはダンボール箱に移し替えられている。
 親父はむっつり無言のまま、箱を私に押し付けた。
 私は村中をまわりアイスクリームを売りさばく。
 どこの家でも小銭をそろえて待ちわびており、面白いほど売れるのだが、最後に五個売れ残るように用心して売る。
 私には四人の姉がおり、これが私のお駄賃というか取り分になるのだった。
 親父に売れたぶんのお金を渡すと、乱暴に駄菓子の袋を投げてよこす。
 これもお駄賃なのだ。
 親父は店に来る客にも遠慮会釈なく怒鳴り散らし、品物を売っているのだか喧嘩を売っているのだかわからないほどだったが、たまに取っ組合いの喧嘩になると情けないほど弱かった。
 台風が夏の気配を跡形もなく消してしまったころ、親父は海に落ちて死んだ。
 戦争に行く前は物静かなやさしい男だったという。
           

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