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大キライだったネコから教わった、人として大切なこと

「ネコって、言うことを聞かないところがカワイイんよね~」

妻から最初にそう聞いたとき、まったく何を言っているのか理解できなかった。言うことを聞かないから、カワイイって……? いったいどんだけMなんだよ、と。

僕は犬が好きで飼ったこともあったが、ネコは嫌いだった。発情時のおぞましい鳴き声や、明るさによって形が変わったり、暗闇で光ったりするあの目。嫌いというより、怖かった。小学生のころは外で遊んでいても、ネコの鳴き声がすると家にとんで入っていたほどだ。だから、そもそもカワイイと思ったことさえなかった。

反対に、妻は自称「ネコばか」。幼い頃からずっとネコを飼い、保護活動も個人的に続けていた。付き合っているころから「昔飼っていた〇〇ちゃんは、すっごく賢くてね~」といった話をよく聞かされていた。そのたびに、ああ、そうなんだねと僕は適当に聞き流していた。ネコ好きの世界観のどこにも共感できないのだから、仕方がない。もちろん、飼うつもりなど毛頭なかった。

ところが結婚して半年足らずで、オウンゴールを決めてしまったのだ。

5月のある朝、何気なく手にした雑誌に、作家、町田康さんのエッセイが載っていた。雨の日、駐車場でずぶ濡れの子ネコを見つけ、温かいシャワーで洗ってあげて飼い始めたという話。家族の一員として愛情深く迎え入れた様子がじんわりと伝わってくる文章だった。

読み終えるのとほぼ同時に、妻が部屋に入ってきた。僕は読後の感動を伝えようと思って語りはじめた。ネコ好きの妻なら、この話は喜ぶはずだという打算もありながら。

「ねえ、このエッセイ読んだ? 町田康って人の、ネコの話。いいねえ、これ。めちゃ優しい人だよね、この人。感動したよ~」

妻から反応はなかった。なんか変だな、と思いながら顔を上げてみて、思考がフリーズしてしまった。妻は、子ネコを抱いていたのだ。

「さっきゴミ出しに行ったら、いたの。そこからずっと、私に付いてきたんよね」。そう話す妻の目は、はっきりと「飼ってもいいよね」と訴えていた。

言えない。ネコを保護した話に「感動したよ~」と伝えた直後に、「でも、うちでは飼えないから」とは、とても……。その日から、キジ柄のオス、うめきちとの日々が始まったのだ。

ネコの生態を知らない僕にとって、うめきちは謎だらけだった。一番困ったのは、こちらの言うことを一切聞かないことだ。ダメだと何度言ってもテーブルに上がる。夜中に寝ていても、「外に出してくれ!」と起こされる。こちらの事情をまったく考えず、「飯をくれ」と鳴き続ける。ちょっと無視して仕事を続けていると、突然背中に飛び乗ってくる……。要するに、ものすごく自己チューなのだ。

なんとかならないものかと、当初はしつけを試みた。だが、何度言ってきかせてもまったく効果がなかった。正直かなりイライラした。怒鳴ったこともある。そんなフラストレーションを抱えた時期が1年近くも続いた。妻はそんな僕を、よく呆れた顔で見ていた。

そして、ようやく当り前のことに気付いた。

「ネコと犬は、ぜんぜん違うんだ」と。

僕はうめきちを、昔飼っていた犬と似たようなものだと思っていた。だから「言えば分かる」と考えていた。ペットは飼い主の言うことを聞くものであり、コントロールできるものだと、どこかで決めつけていたのだ。

あほである。

でも、僕のように犬しか飼ったことがない人や、「犬の従順なところが好き」という犬派の人などは、程度の差こそあれ似たようなものではないかと思う。
 
「ネコとは、こういうものだ」と気付いてからは、うめきちへの見方が変化していった。夜中に起こされるのも、壁をひっかいて傷だらけにするのも、食パンを袋ごとかじってボロボロにするのも、だんだんと許せるようになってきたのだ。

そして、うめきちへの理解は、自分への理解へと繋がっていった。
うめきちには、うめきちの世界があり、行動にも目的がある。自分がイライラしていたのは、うめきちの世界をこっちの都合で塗り替えようと足掻いていたからじゃないのか。なんて傲慢だったのだろう。自己チューなのは自分じゃないか、と。

その気づきは、人間関係にもそのまま応用できた。苛立ったり、ストレスを感じたりするのは、だいたい相手に対して勝手な期待をしていたり、コントロールしようとしているときだと分かったのだ。少しずつ内省と洞察を深め、相手の世界を理解するように心がけ、同時に自分のなかの傲慢さを手放すようにしていった(ほんと、少しずつだけど)。

大きな「教え」をもたらしてくれたうめきちは、それからわずか3年ほどで、病気で亡くなった。その後も僕と妻は数匹のネコと暮らした。遊び好きでおちゃめな子もいれば、おっとりとした子もいた。「ネコ」と一括りにしても、それぞれに個性があり、それぞれまったく別の世界で生きているのだ。

いま、うちには「姐(あね)さん」という名の子がいる(写真)。保健所から引き取った、元ノラのメスだ。極めてナーバスな性格で、半径1メートル圏内に近づくと、ゴジラみたいな顔をして「シャーッ」と威嚇してくる。もちろん、すり寄って甘えてきたりしない。名前を呼んでもにらみ返されるだけだ。一緒に暮らし始めて2年も経つのに、まだ一度も撫でたことさえない。おそらく、このままずっと指一本触れさせてもらえないだろうと思っている。

それでもいい。そんな姐さんだからこそ、カワイイのだ。

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