BLUE NOTE TOKYO ALL-STAR JAZZ ORCHESTRA with Hayato Sumino

※コンサートレポートにつき、曲目、MCなど盛大にネタバレしています。アーカイブご視聴前の方、ご自身の中にある感想に不純物を混ぜたくない方などはご注意ください。



またとんでもない瞬間に立ち会ってしまった。
4月28、29日の2日間、ブルーノート東京でタイトルのジャズライブが行われ、1日2公演の最終となる4公演目がJazzの祭典【JAZZ AUDITORIA ONLINE 2022】のプログラムとしてリアルタイムでオンライン配信された。

このオールスター・ジャズオーケストラを率いるのは、トランペット奏者のエリック・ミヤシロ。ジャズの世界をそれほど知らない人でも、顔を見れば知っている人も多いのではないかと思う。ブルーノート東京とも縁の深い深い人。オケのメンバーにもサックスの小池修や本田雅人、トロンボーンの中川英二郎など錚々たる名前が並ぶ。そんなジャズ界の大御所たちと角野隼斗の共演を観られるという素晴らしすぎる機会。

角野隼斗とエリック・ミヤシロは、私の知っている範囲では【BLUOOM X SEP 2020】という音楽イベントで同じステージに立っていたが、その時には共演する機会はなく、まだまだ二人の距離は遠かった。

そのイベントは無観客で行われたが、今回は有観客とのこと。いてもたってもいられない思いはありつつも、まだコ口ナのこともあり頻繁に上京もできない身、配信があると聞いて心から歓喜した。

当日の様子は権利上ここには貼れないが、別日のオールスター・ジャズオーケストラがYouTubeで観られるので貼っておく。オープニングを飾ったのは、この動画の1曲目、ミヤシロ作曲の「BLUE HORIZON」。全員が束になって奏でる祝祭感の中、テナーサックス小池修、トロンボーンの中川英二郎、ドラムス川口千里、そしてアルトサックスの本田雅人と、ソロのかっこよさで乗っけから全開のお出迎えに圧倒される。

続く2曲目はスティービーワンダーの名曲「Overjoyed」のラテンジャズアレンジ。ミヤシロのトランペットが醸す柔らかい空気と川村竜のウッドベース、ピアノのRINAのソロが贅沢な大人の空間を作り出す。

そして3曲目。昨年その幕を下ろした和泉宏隆を偲んでのメドレーナンバー。和泉とT-SQUAREで長年共に活動した本田雅人によるNuRADという宇宙船のようなフォルムの楽器(本田談:リモコン)が奏でる旋律が、懐かしい時代のきらめきを呼び覚ますように響き渡った。特に「宝島」は角野界隈でもおなじみの曲。亡き和泉への思いと共にいろいろな思い出も胸にこみ上げ視界が滲む。
(NuRADの詳細と実演での宝島はコチラ→YouTube

そしてここからは角野の出番。ミヤシロに呼ばれ颯爽と現れた角野は、ラフめなブラックフォーマルで登場した。全国ツアーの2部でガーシュウィンを弾いたときのような方向のスタイルで、なるほど ”ジャズオーケストラ" とのピアノ協奏曲といった趣向なのだなとわかった。

少し照れくさそうながらも饒舌な角野のMCが、この2日間の楽しさをよく表していた。「ほんっとに楽しいんですよ」「たっくさんの刺激をいただいて」「いろいろ学ばせてもらって」と感謝を述べ、「あそうだ。画面の前の皆様……どこに……言えばいいんだろ」と、毎度ながら配信カメラどこにあるか把握していない素人のような素の構えが角野らしい。「僕がブルーノートに立たせていただいたのもちょうど1年前ぶりで(中略)個人的に感慨深いんですけれども」と激動の1年間に思いを巡らせたような場面もあったりしつつ、「ブルーノートさん、ありがとうございます。今後ともご贔屓に(笑)」とちゃっかり懐に入り込む。ステージに笑みが溢れ、「ジャズオーケストラのかっこいいサウンドと、必死こいて食らいつく角野隼斗の姿を見てください」と笑顔で挨拶し、会場全体を和やかな笑いに包んだ。

角野が加わっての1曲目は「Joyful, joyful」
1音目から角野の音がこれまでと違うと感じた。私にとってこの日のライブは、角野が約1ヶ月の海外生活を終えて戻ってきたあとの最初のライブだった。ハンブルクからやジブリのリハ、ラボなどの動画からも変化は充分に感じていたが、音質的にきちんと聴くことができたのはこれが初。
落ち着いた音色、というと少し違うが、気持ちにブレがないと感じた。力強く、それでいて力みはなく、地に足がついたような、大地にしっかりと根付いた大木のような、頼りがいのある音だと思った。
これは、ショパンコンクールからの帰国後も、全国ツアーの終わりにも感じた。それが更にしっかりとした芯になった音。何かを経験するたびに角野の芯が強くなっていくのを感じる。自信というのか、自身に架せられる責任を気負う感じが徐々に自然になっている気がする。ますます好きな音になる。

マイクが入りPA操作がある安心感もあってか、大所帯のバンドと同時に鳴らしても最弱音を用いてくる。このあたりも、勇気とスタッフへの信頼が積み上がっているのだと感じた。角野は一人で音楽をやらない。共演者、スタッフ、そして観客、全てを信じられるからこその音だ。

この曲は個人的には映画「天使にラブソングを2」でのゴスペルのイメージが強い、大好きな曲。原曲(Joyful, joyful)を原曲(ベートーヴェンの第9番4楽章)に寄せたり、よりジャズに向かったりと、ボーダレスな角野ならではの変幻自在さで華麗に歌い上げた。まさにジョイフル。途中ショパンの「英雄ポロネーズ」の左手のような形が入ったような気がしてニヤリとさせられるのも角野らしい。

短い曲紹介MCを入れて2曲目。イリアーヌ・イリアス「So In Love」
恋を語らいたくなるような、しっとりしたアレンジでガラリと雰囲気を変えてきた。黒鍵をウインドチャイムのように優しく撫でるグリッサンドがたまらない。ロマンティックに傾きすぎない爽やかな角野の音は、生々しくならず真っ直ぐ音楽に恋をすることができる。ブルーノートでの角野のイメージカクテルに大葉がいつも入っているのは、きっとこの爽やかさだと思う。

続けての3曲目はホルスト「Jupiter」
平原綾香の歌でもおなじみの曲。ビッグバンドと角野隼斗が演るとこうなるんだ! という有意義すぎる選曲だと思う。少しクラシック寄りのピアノ協奏曲のような香りと歌謡曲の生バンドが融合したような、それでいてやはりビッグバンドのゴージャスさ。困ったことにYouTubeで類似の演奏を探したがまるで見つからない(笑)ジュピター死ぬほど動画あるのに(公式縛りなので選択肢は限られるが)。ミヤシロのオリジナル編曲であることと、角野の即興によって、他にはない音楽を生み出しているのだと再確認した。

そして問題(?)のパット・メセニー「First Circle」
自身最後の曲と紹介したのち、「みなさんもぜひよかったら(11拍子の)手拍子を」と客席に笑いかける角野。イタズラ好きな角野は時々こういう投げかけでファンを翻弄をする。なんだよ11拍子って! 拍とってたら音楽が全く入ってこない。5拍子6拍子はイケるクチだけどなんか途中でフェイク? フェイントみたいになったりする? 騙されて迷子になり終了。ハイ素人にはムリです、降参。
ねぴらぼ2の後半で演奏されたラリー・カールトンの「Room335」にも通じるような、朝日のような夕日のような淡い感傷が今日の終わりの近づきを感じさせた。明るく爽やかであるがゆえの寂しさ。終わってほしくない、ずっとこのまま続いてほしい、そう願わずにいられなくなる。終わりに向かい広がるオーケストラと混ざり合うピアノが美しすぎた。正確に11拍子を刻む長くしなやかな指も、客席側から映し出される無邪気な笑顔も、金色のトロンボーン越しに見える真剣な表情も、全てがスローモーションのように、ストップモーションのように目に焼き付く。

大きな拍手に送られて角野が去ったあと、ジャズオーケストラのメンバー紹介と本日ラストの曲、ウエザーリポートの「Birdland」が始まった。これぞビッグバンドという賑やかで心が躍るナンバー。さっきまでの寂しさを吹き飛ばすようなアツいソロが代るがわる繰り出される。キャッチーな繰り返しのメロがいつまでも続くかのようにも思われたが、楽しい時間は「大人の事情(ミヤシロのMC)」もあり、ひときわ華やかなミヤシロのトランペットで締めくくられた。

アンコールはもちろん角野隼斗が再登場。そして更に、1日目のピアノを担当した宮本貴奈も登場。別件の仕事を終えて急遽駆けつけたらしい。宮本は角野にジャズピアノを手ほどきしている、いわば師弟関係でもある。前日のツイートで師弟バトルがかっこよかったと書かれていたのをみかけていたので、このサプライズには最高に高揚した。

アンコール曲はチック・コリアの「Spain」が選ばれた。囁くようにタイトルコールしマイクを置くと、赤くライトアップされたステージで角野が妖しく艶めきだす。その音色から、臨界が近いと感じた。RINA含め3人が順にグランドピアノを受け持ち、それぞれの個性をぶつけ合う。もう一つあるキーボードとの駆け引きはまるでバトルで、挑発しあい、共鳴しあい、バンドサウンドと合わさりひとつになっていく。今、私は何を見て、何を聴いているのだろう。臨界の音に巻き込まれて、居場所も方角も感覚を失う。いつの間にか角野とトロンボーンの中川が絡み合って、こともあろうか角野が中川に突然の3拍子を仕掛けだした。必死に食らいつきにいくと言っていた角野、終わりにはしっかりオトナに噛みつくイタズラっぷりを見せつけ、もちろん中川もがっつり応じた。なんて楽しい魔窟。音楽の魔物たちの宴だ。これが無料配信だというのだから本当にすごい。

終わってほしくないだとか、そういう次元ではなかった。いつの間にか終わっていた。しかしまだ終わっていないような感覚もある。数時間経過した今もまだ興奮の中から抜け出せないままだ。現地で生の演奏を聴いた人たちはちゃんと家に帰れただろうか……。それくらい、これを書くに至る深夜(というより明け方)まで何も手につかなかった。

角野が感慨深いと言っていた1年とはどんなものか。約1年前に自分が書いたnoteを読んだ。1年前の4月、まだ角野はブルーノートのステージに上がる者としては「ジャズピアニストではない、人気ユーチューバーの、クラシックピアノ日本一の某(note引用)」だった。その角野がブルーノート2Daysを見事にやりきり、ショパンコンクールを経て、ソロツアーも国際フォーラムまで完走して、そしてその後も様々な国を巡り……一人の青年が365日で成し遂げたとは思えない質と量の経験をしてきただろう。ピアニストとして、ミュージシャンとして、そして人間として。常人の数年分くらい大きくなったと思う。

ソロツアーを集大成と言っていた角野。実際に素晴らしい集大成を見せてくれた。(ソロツアー最終日の感想)しかし今日のこのライブも、1年という意味合いでいえばもうひとつの集大成かもしれないとも思った。
角野にとっては今日という日も忙しいスケジュールのひとつで、明日も明後日も埋まっているから、節目の感慨深さに浸る暇もないかもしれない。だからこそというか、せめてファンである私はこの節目を記しておきたいと思う。

角野隼斗を好きになって良かった。角野を追い続けて、そろそろ慣れも飽きも出てきそうなものなのに、まだまだこんなに興奮させられる。いつだって期待や予想を遥かに超えてくる。

1年前のnoteでは角野を「音楽そのもの」と表現し、あなたが音楽だ、と書いた。あのときも興奮のまま書き殴ったのを覚えている。1年経った今、あの頃よりも少し真面目に書くようになった私は、努めて冷静を装って書いてはいる。が、心の中ではもう「あなたが世界だ」とか「宇宙だ」とかなっている。そういう大袈裟なことは前から書いているけれど、最近の角野の「巻き込み力」は目をみはる。2月の国際フォーラムではファンだけでなくオケと指揮の藤岡幸夫までもを巨大な興奮の渦に巻き込み、翌月は宮川彬良とオケも終演後のSNSで大興奮していたのが記憶に新しい。4月のハンブルクでも角野の演奏に体ごと耳を傾け心から楽しそうなオケの様子を垣間見た。今回も共演者、関係者のツイートからただならぬ興奮を感じる。今日のアンコールのソロバトルのときも、メンバーが首を伸ばして食い入るようにピアノを観ていた。角野隼斗という「音楽」が周囲を巻き込むように膨れ上がるのを感じる。まるで膨張しつづける宇宙のように。

MCでミヤシロが角野に対し「彼の大っきな音楽、ジャンルにとらわれない音楽」と言っていた。時々ふと感じることがある。こう言わしめる角野隼斗はすごい。これは確かだ。しかし角野はまだ未完成で、これはどの音楽家もそうかもしれないが、特に角野は好奇心、向上心を失わず一生かけても未完成の伸びしろが続くのだろうと思う。だからむしろすごいのは、そんな若い未完成な音楽家である角野をここまで讃えるミヤシロをはじめとする大ベテランたちの懐の深さ広さだと思う。現時点ではどう考えても前述の藤岡や宮川、そしてミヤシロや中川たちのほうが「大きな音楽」だと思う。しかし彼らには角野の伸びる未来が見えているのだと思う。そして、決して怖がらない。ジャンルを越境する角野に自身のフィールドがかき乱されるようには、感じないのだろう。角野の音楽を信じて、自身の歩んできた道を信じ、そして何よりも、音楽を信じているからこそではないか。音楽というものは、未完成な若者が一人ちょっと越境して暴れたくらいで混乱したり、ましてや崩壊するものではないのだ。彼らが一体となって奏でた音楽の広さ、深さ、強さ、そして楽しさから、そんなことをいつも思う。

角野はおそらく音楽の歴史の中で、特異点として刻まれると思う。それは分岐点なのか、合流点なのかは角野のあとに続く音楽家が生まれてみないことには分からない。けれどクラシックも、ジャズも、きっと角野隼斗という小さな人間ひとりのポイントなどただの通過点として、脈々と続いて行くのだと思う。どんなに偉大な大作曲家もそうであったように。音楽とは、歴史とは、きっとそういうものだ。

巨人の肩に乗る、と、かつて研究畑の言葉を引用して決意表明をした角野は、今日ミヤシロをはじめとする巨人たちの肩に乗った。そして少し前には、ハンブルクでニコラ・アンゲリッシュという巨人の肩に乗った(おそらく)最期のピアニストとなった。人の一生は短い。和泉宏隆もチック・コリアもこの世にいない。しかし音楽は永遠に続く。ミヤシロも角野もこういった音楽の歴史をあとの世代へと繋げるために、互いを信じ合うのだろうと思った。

とはいえ偉い人すごい人が何も言わずとも、音楽の歴史にとって通過点でも、私にとっては角野隼斗が「Overjoyed」で「Joyful, joyful」だし、彼の存在は「宝島」を見つけたようで、彼の音楽と永遠に「So In Love」を誓いたい。

1年後には、どこに連れていってくれるだろうか。
全く予想がつかない。とても楽しみだ。
そして1年後と言わず、半年後くらいに再びこのメンバーのライブが観たい。コ口ナが落ち着いていたら、私もブルーノートのチケット争奪戦に参加しようと思う。

最後に。ミヤシロはMCで生鑑賞を推しすぎて配信の観客に平謝りしていたが、生が音楽家、観客ともに最高なのは当然なので無問題である。むしろ配信があることで、都合で参じられない身である観客もこうして音楽家と音楽家が出会い、化学反応を起こす時間を共有させてもらえる。とても貴重で幸せなことだと、心から思う。大変な世の中ではあるが、本当に良い時代になった。


アーカイブは5月2日の23:59まで! 無料なので! 観て!!


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