花の都 フィレンツェ。 28.06.2024〜30.06.2024 ミラノ〜フィレンツェ旅行記 4.
フィレンツェ最終日。8時15分にチェックアウトして宿を後にし、ウフィツィ美術館に向かう。本日も天気に恵まれている。ドイツにいると一日中晴れていることがとても珍しいので、この3日間の晴天は奇跡のように感じる。朝の日差しに照らされた大聖堂が今日も美しい。Via dei Calzaiuoli を南に歩いてゆく。人通りはまだまばらで、お店もまだほとんど開いていない。ツールドフランスの各賞ジャージをモチーフにした旗が通り沿いに掲げられている。シニョリーア広場をヴェッキオ宮殿を左に見ながら横切ると、彫刻がたくさん現れ始める。美術館の中だけでなく、外にも美術品が置いてあり、フィレンツェが屋根のない美術館と言われることに納得がいく。
ウフィツィ美術館は中庭を取り囲むように3階建てになっており、見るからに広そうである。建物自体を芸術品と呼んでも差し支え無さそうだ。全体を回るには何時間かかるのだろう。8時15分に開館するので、かなり早い時間での訪問。入場列には既に何人か並んでいたが、早朝のためかそれほど混雑はしていない。事前に購入しておいた29 €のチケットを見せて、入場する。世界的に有名な美術館なので、少々お高いのは仕方ない。中に入ると、早速空港のような荷物検査場が待ち構えている。リュックサックをベルトコンベアに載せて、横にあるゲートを手ぶらで通過する。特に問題はなかったようで、無事に通り抜ける。入り口の手前にあるクロークに荷物を預けて、観覧を始める。
早速、古代ローマ時代の彫刻が現れる。スポットライトの位置を工夫しており、彫刻そのものだけでなくその影も美しい。どの像も腰の位置が高い。普段街中で見かけるドイツ人は皆足が長いが、この足の長さは脈々と受け継がれてきたものなのかもしれない。階段を上がり、最上階へ進む。どうやら、上の階から下の階へ順番に観て行くらしい。奥がはっきりと見えないほど長い回廊になっており、古代ローマの彫刻がずらっと並べられ、天井にも絵画が描かれている。回廊と各部屋はつながっており、ある程度自由に出たり入ったりできるようだ。
彫刻は古代ローマのものが多数現存し、美術館に展示されているわけだが、絵画は最も古いものでもせいぜい13世紀ごろである。この時代以前にも人は絵を描いていたと思うが、それらは作品として描かれたものではなかったのだろうか。また、作品はあったけれども、数が少なかったり、耐久性に優れていなかったりして、多くが失われてしまったのだろうか。はたまた、単純に展示の方針で、ある時代以降のもののみお披露目されているのかもしれない。
ブレラ美術館と同じように、基本的に年代順・作者順に展示されているので、絵画の変遷がわかりやすくなっている。ウフィツィといえば、ボッティチェリの春とヴィーナス誕生が有名だが、年代順に展示されているため、割とすぐにお目にかかることができる。これらの作品の前にはさすがに人だかりができており、写真を撮るのも一苦労だ。500年近く前の絵画で、テンペラで描かれているのにも関わらず、非常に保存状態が良い。修復士の方々の苦労が偲ばれる。
回廊の窓から見えるフィレンツェの景色も美しく、窓が額装になった芸術作品のようだ。レオナルドダヴィンチやラファエロといった、ルネッサンスを代表する画家たちの作品も多く展示されている。受胎告知や未完の大作である東方三博士の礼拝などの作品の前には、多くの人が集まっていた。ルネッサンスが終わりバロック時代の作品になると、宗教画だけでなく、一般の人物を描いた作品が多くなってくる。華々しいルネッサンスの絵画と比較すると、暗い色調で、何を伝えようとしているのかが分かりにくい作品が多い。正直、少し退屈である。この感想を友人に送ってみたところ、宗教から科学の時代になって人間にフォーカスが当てられるようになり、ある意味それは現代を生きる我々の自画像だからかもしれないとの意見が来て、なるほどなぁと思う。行き過ぎた個人主義の時代を生きる私が、神話なき時代が始まったにおいを絵から感じ取っているのかもしれない。
年代順に展示されていた作品は、現代美術にまで至る。ここまで来ると、技法もテーマも作風も、何もかも作者によって異なる。神話はないかもしれないが、それぞれが好きに自分の創造性を発揮できる現代は、誰もが自分なりの神話を作り上げられる時代なのかもしれない。そう思えば、現代もそんなに悪くはないのかもしれない。ウフィツィ全体を見て回るのに3時間ほどかかったが、一つ一つの作品をつぶさに観察する人はもっと時間がかかるだろう。時刻は正午になり、美術館の入り口にはかなりの人だかりができていた。朝イチで訪問して正解だった。
昨晩のレストランのピザをランチに食べようと思い、来た道を引き返す。Googleマップによれば、13時から営業開始のようだが、時間が近くなっても開店する気配がない。臨時休業なのかもしれない。仕方がないので、歩いてきた道を戻りつつ、サンタクローチェ聖堂に行ってみる。ここにはガリレオやミケランジェロの墓がある。教会の中に埋葬されており、墓碑は複数の彫刻やフレスコ画で彩られている。他にも著名な人物が何人も埋葬されている。教会の床を見てみると、人型に型取られた石がいくつも埋まっている。これも教会にゆかりのある人物の墓なのだろうか。石の周りにポールが立てられているものもあるが、特に何も立っていないものもある。思いきり上を踏んでいる人もいて、バチが当たらないか心配になる。なるべく踏まないように歩くが、なにせ膨大な数あるので、完璧に避けながら進むのはかなり難しい。複数の祭壇があって、それぞれの空間に立派なフレスコ画が描かれている。一通り中を観て、中庭を通って教会の外に出る。
いい加減何か食べないとと思い、サンタクローチェ聖堂近くのBerberèというピザ屋に入る。明るくて感じの良い店内。テラス席には多くの客がいるが、屋内には私と別の客の二人しかいない。この時期のヨーロッパの人々の、晴れている日は意地でも(意地ではないのだろう)外で食べようとする気概には感服する。オーソドックス過ぎるかなと思いつつも、マルゲリータ 8.5 €とMOLE COLAのクラシックを注文。10分ほどで運ばれてくる。厚めの生地で、外側がさらに一段厚くなっているタイプ。トマトとモッツァレラ、バジルの葉が乗っている、王道のマルゲリータだ。既に8等分されているので、すぐに頬張る。完璧。今まで食べたマルゲリータの中で一番美味しいかもしれない。生地の食感、トマトの酸味、チーズの塩味と爽やかなバジル、すべてが組み合わさって最高のハーモニーを奏でている。時々 MOLE COLA を飲んで流し込むのも乙なものだ。あっという間に一枚を平らげてしまった。日本のピザも全然負けてはいないと思うが、イタリアで食べるピザは雰囲気も相まって格別の味だった。
店を後にし、アルノ川沿いを西に歩きヴェッキオ橋へ。ここもツールドフラスの旗でデコレーションされている。橋の上にはいくつものお店が軒を連ねているが、ほとんどがジュエリーショップなので、特に買うものもない。足早に橋を渡り、イタリアに来てまだ食べていなかったジェラートをいただくため、再びアルノ川沿いを西へ。カッライア橋のそばにある、Gelateria La Carraia でお決まりの Stracciatella を注文。どこで食べても Stracciatella はうまい。Stracciatella 批評家になってもいいのかもしれない。
カッライア橋を北に渡り、サンタマリアノヴェッラ教会の中には入らず、ファサードだけを眺めて駅へと向かう。トラムT1系統でバスターミナルの Villa Costanza 駅へ。中心地から離れると、街の雰囲気は少しずつ変わり、移民らしき人々の姿をよく見るようになる。30分ほどトラムに乗り、バスターミナルに到着。ターミナルはトラムを降りてすぐ目の前にある。行きでもお世話になった、黄緑色の FlixBus でまずはジェノヴァまで行き、そこで行きと同じ系統に乗り換えてテュービンゲンを目指す。定刻から10分ほど遅れ、バスが到着。最後尾の座席に腰を下ろすと、すぐに睡魔が襲ってきて眠りにつく。
目を覚ますと、右手には山、左手には海が見えた。なんだか日本の田舎のような光景に見え、安心したのか、また寝る。結局、しっかり睡眠をとってジェノヴァに到着。夕日に照らされた海沿いの街並みが美しい。乗り換え時間が1時間半ほどあるので、ジェノヴァに来たからにはジェノヴェーゼだと思い、ナポリタンがナポリ発祥ではないようにジェノヴェーゼがジェノヴァにはないかもしれないが、調べるとどうやらジェノヴェーゼは存在するらしい。バスターミナルの近くにある、Trattoria da Mario というダイナーに行ってみる。
レストランではなくダイナーなので、地元の人らしき人々が多く、わいわいと賑わっている。従業員も常に忙しそうに店内を駆け回っており、つかまえるのがなかなか難しい。かろうじて一つだけ空いていたテーブル席に座り、Trofie Al Pesto 8€ を注文。良心的な価格で非常に助かる。"ペスト"が、いわゆるジェノヴェーゼに使われるバジルソースを指すそうだ。注文を待っている間に、店内はさらに混んできたので、別席に移るよう言われ、ワインでいい感じに出来上がった老人と相席になる。テーブルは前の客が残したであろう大量のパンくずが散らばっていて、こういう雑な感じも地元感がすごくて楽しい。Trofie Al Pesto は、マカロニよりもさらに細くて短いパスタに、ペストを和えたもの。口に含むと、バジルとチーズの香りが口いっぱいに広がり、歯応えの楽しいパスタと相まって絶品だった。添えられたパンに残ったバジルソースをつけて食べると2度美味しい。満足して店を後にし、バスターミナルに戻る。イタリアの食事はまたしばらくお預けで、ドイツの食事が待っていると思うと少し気が重くなる。行きと同じように、またスイスードイツ国境でパスポートチェック。それ以外の時間は、ほぼ寝ていた。気が付付くと、ドイツがいつもの曇り空でお出迎えしてくれており、ファッキンクレイジージャーマン曇り空、とつぶやいた。