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歓喜のツールドフランス開幕戦。 28.06.2024〜30.06.2024 ミラノ〜フィレンツェ旅行記 3.

 FRECCIA ROSA の座席はソファーのようにふかふかでゆったりしている。ミラノ市街から5分もすると、辺りはすっかりのどかな田園風景へと変わる。列車はその田園の中をぐんぐんとスピードを上げて走っていく。ドイツで見てきた車窓の眺めよりも日本に似ている。畑よりは田んぼに見え、イタリアでは米を栽培しているようで、そうかもしれないと思う。普段お世話になっているいたこまちも、もしかするとこの辺りで栽培されているのかもしれない。
 車内販売のようなワゴンを引いた添乗員がやってくる。特に買いたいものはないのでスルーしようと思ったが、お菓子の袋を2つと 250 mL ペットボトルの水を配られる。どうやら、FRECCIAROSA では無料の車内サービスがあるようだ。お菓子は、ひとつはクラッカーのようなもので、もう一つはほんのり甘いクッキーのようなもの。昼ごはんもちゃんと食べていなかったのであっさりと平らげる。水も炭酸水ではなく普通の水だったので日本人にもありがたい。ユーロ円が172円を突破していて、これからの旅にこれ以上支障が出ないことを祈る。
 列車は順調に運行していたが、フィレンツェ近郊にさしかかるとゆっくりとスピードを落とし、停まってしまった。行き止まり式のヨーロッパの大きな駅はホームが空くまで時間がかかるのだろうか。25分ほど遅れて、フィレンツェ サンタマリアノヴェッラ駅に到着。ホームの数は多く横に長いが、天井は低く、ドイツのターミナル駅とは違った雰囲気だ。駅の外に出て眺めてみても、柱の上に大きな平たい屋根が乗っかっているだけのような構造で、現代建築のような洗練された印象を受ける。とりあえず、徒歩でホテルに向かう。
 Via Nazionale 通りをまっすぐ北に15分ほど歩き、今回の宿であるプラスフローレンスに到着。いつも通り、ユースホステル。宿泊費を抑えようとすると、どうしてもユースホステルになってしまうが、いい感じのところを見つけるのは得意である。部屋に入ると綺麗な室内で、安心する。既に外国人女子2人組が奥の2段ベッドを使っていたので、手前の2段ベッドの下段を拠点にする。女子たちと何か話そうかと思っていたら、そそくさと部屋を出てどこかに行ってしまった。
 時刻は21時くらいになっており、これからレストランに行くのも疲れるので、近くの Carrefour express というスーパーで夕飯を調達することにする。乾燥トマトが乗っているのと、チーズ、玉ねぎ、きのこが乗っている2種類のピザパンのようなパンと、1.5 Lのペットボトル水を購入。明日以降はこの水を水筒に入れ替えて持ち運ぶことにする。ホテルに戻り、せっかくなので、屋上のテラスに出てみる。ちょうど陽が沈む時間帯で、暗くなりつつあるフィレンツェの街並みの中に、圧倒的な存在感を放つ大聖堂のドーム上の屋根が見える。明日はいよいよツールドフランス開幕戦。はやる気持ちを胸に、早めに就寝。
 起床し、再び屋上テラスへ。昨晩のパンの残りを朝ごはんに食べる。今日も雲ひとつない晴天で、鳥たちが囀りながらフィレンツェの空を自由に飛んでいる。2時間ほど note 記事を書き、フィレンツェ市街に繰り出す。ツールドフランスの正確なコースが不明だが、まず間違いなく大聖堂周辺は通るだろうと踏み、大聖堂に向かってみることにする。Via Nazionale 通りからグエルファ通りを抜けてリカーソン通りに出ると、路地の奥に大聖堂の側面と、背後に聳えるジョットの鐘楼が見えた。リカーソン通りをまっすぐ進み、大聖堂前の広場に出る。ツールドフランスのグッズ販売カーが目に入るが、とにかく観戦場所の確保を優先する。広場には既に鉄の柵でコースができており、ありがたいことに最前列で観戦できるスペースがおあつらえ向きに一人分空いていた。迷わずそこに陣取り、レースの開始を待つことにした。
 日差しは強く照りつけているが、大聖堂のおかげでうまいこと影になっているのでありがたい。レース開始まで2時間を切っているが、まだそれほど人は集まっていない。ツールドフランスさいたまクリテリウムは、午後3時ごろスタートでも朝7時ごろには既に最前列は埋まっている。日本人、待つことに関してプロすぎる。イタリア語が多く飛び交ってはいるが、英語もよく聞こえてきて、アジア系の人もちらほら見かける。この歴史的瞬間に立ち会うために、世界中からサイクルロードレースファンが集まっているのかもしれない。車を通すために、いちいち観客を退けて柵を開けている。観戦禁止ポイントにしてしまえばスムーズに済むのに。この辺りの運営の緩さは日本人からすると首を傾げてしまうが、このくらい適当でよいのかもしれないし、観客をある意味信頼していることの表れなのかもとも思う。ウェディング姿の男女がコースを横切っていき、沿道からすごい歓声が上がる。
 次第に大会運営の車やカメラバイクがコースを通り始め、辺りの熱気が高まってくる。愉快な音楽を大音量で流しながら宣伝カーがひっきりなしにやって来て、沿道の観客にお菓子などをばら撒いていく。選手たちが来る前に、こうやってたくさんの協賛企業カーが盛り上げていくのは情報としては知っていたが、実際に現地に来てみると、レースの前から既にお祭り騒ぎが始まっているのがよくわかる。その後に、市民ライダーたちが颯爽とコースを走り抜けていく。特に、子供ライダーたちに黄色い歓声が上がる。こういう経験が、彼彼女らが将来自転車選手を目指す糧になるのかもしれない。
 レース前の催しがひと段落すると、いよいよバイクを積んだチームカーが続々とやって来る。推しチームのチームカーが来ると、その都度観客から声が上がる。個人的には一昨年、去年とツールを制覇しているヨナス・ヴィンゲゴーが所属しているヴィスマが好きだが、どのチームの車が来ても興奮するものだ。上空には中継用のヘリが現れ、レースの始まりが刻一刻と迫って来ているのが感じられる。太陽も高くのぼり、いつの間にか日陰ではなくなっていて、気持ちの昂まりに呼応するように気温もどんどん上がっていく。いつの間にか大聖堂前の広場は人で埋め尽くされていた。
 大聖堂の鐘が鳴り、12時を告げる。レースが始まる。スタートからしばらくはパレードランなので、選手たちがここに辿り着くまでには少し時間がかかるだろう。緊張しながら10分ほど待つと、テレビでよく見ていた赤塗りのLCLの車が現れる。来るぞ。少し離れた所にいる観客が一斉にスマホを構え出す。もの凄い歓声と共に、プロトンが向こうからやってきた。色とりどりのチームジャージに身を包み、観客の前を颯爽と走り抜けていく。パレードランなのでスピードは出ておらず、ちらほら選手ひとりひとりを確認できる。逆側の柵沿いに、ヨナスが走って来るのが見え、思わずヨナーーース!!!と呼びかける。彼の最大のライバルといえば、ポガチャルであるが、ポガチャルが派手で存在感をバチバチに放っているのに対し、ヨナスはツール2連覇の王者にしてはひっそりと集団に溶け込んでいるように見えた。だが、勝負所になればその秘めたる闘志を一気に解放してとてつもない走りを見せてくれる。そのギャップが好きだ。今年はケガの影響が心配される。これから3週間にわたる長い旅の無事を祈り、彼らの出発を見送った。興奮は冷めやらない。人生の思い出がまたひとつ増えた。ヨーロッパに来た元は、もう取れたような気がする。
 長い時間立ちっぱなしだったので、とりあえずアカデミア美術館横のカフェでパニーニとバニラシェイクをいただく。この日の気温は34℃にもなり、冷たいシェイクが心地いい。15時半にジェットの鐘楼に上る予約をしていたので、それまでは適当にサンジョバンニ洗礼堂や大聖堂付属の博物館を見学。洗礼堂は工事中で、天井画は覆い隠されていて何も見えなかった。大聖堂内部も観覧してみる。意外に内部はシンプルな印象。ドーム天井のフレスコ画は圧巻で、ずっと眺めていると首が痛くなってしまいそうだ。ドーム壁面はかなり勾配があるはずだが、下から見ても綺麗に一枚絵になっているように見える。そもそもあんな高い所にどうやってフレスコ画を描いたのかが不思議だし、全体のバランスを考えながら描くのは至難の業だろう。
 時間になり、ジェットの鐘楼の入場待機列に並ぶ。インド人の男性に、チケットの購入の仕方を尋ねられ、一緒にスマホを見ながら購入方法を教える。無事に購入できると、名前を聞かれたので、タカハシです、日本人です、と応える。仕事で日本人との取引があるようで、タカハシと音が似ているからか、タカシマヤ!タカシマヤ!と喜んでいた。タカシマヤのブランド力、すごい。鐘楼の階段は、昨日のミラノのドゥオーモのそれよりは幅があり、人がすれ違えるくらいだ。また永遠とも思える階段をひたすら上り、開けた空間に出る。ここが頂上かと思うと、まだ階段が続いていることに気がつく。これを3回ほど繰り返し、ようやく頂上に到達。高さは大聖堂のドーム天井よりは低いが、他の建物に比べれば圧倒的な高さを誇っており、小高い山々に囲われたフィレンツェの街並みを360度一望できる。高いところから見てみると、フィレンツェの街並みはよく区画整理されており、真っ直ぐに伸びている道が多いことに気がつく。家々はほとんど赤褐色のレンガ屋根で統一されている。フィレンツェは屋根のない美術館なんて呼ばれたりするが、まるで中世から時が止まってしまっているようだ。家族にビデオ通話を繋ぎ、ツールドフランス観戦の感想とフィレンツェの景色を共有する。鐘楼は45分の入場制限があり、時間目一杯まで景色を堪能し再び長い長い階段を下っていく。
 疲れを癒したいのと、シャワーで汗を流したかったので一旦ホテルに戻り休憩。19時ごろ、ホテルから歩いて30秒ほどの Ristorante Pizzeria da Nasone で夕飯。まずはクロスティーニで腹ごしらえ。濃厚な鶏レバーとパンの相性が抜群にいい。爽やかなトマトが鶏レバーを一旦リセットしてくれるので、何切れも食べられてしまいそうだ。メインはボロネーゼ風のピチパスタを注文。うどんのような太麺の上に、薄切りのチーズがこれでもかと盛られている。麺はもちもちで歯切れが良く、ソース、チーズと一緒に食べると口の中でふわっと風味が広がっておいしい。ここまでで既に大満足のボリュームなのだが、デザートは別腹ということで、ティラミスも注文。苦味と甘味の絶妙なバランス。これも一瞬でなくなってしまった。全部で40€ほどしたが、心も身体も満たされ幸せな気持ちになる。申し訳ないが、食事に関してはドイツ対イタリア、イタリアの圧勝です。
 夕暮れ時のミケランジェロ広間からの眺めを見たくなったので、8番バスに乗って行く。フィレンツェのバスは、乗り口に日本のバスのような端末があるので、そこにコンタクトレスのクレジットカードをタッチすれば良いらしい。簡単で助かる。ミケランジェロ広場のふもとのバス停で降り、徒歩で丘を上って広場へ。皆考えることは同じなのか、街を一望できるポイントは観光客でごった返している。ダビデ像のレプリカがあり、出店がいくつか立ち並んでいる。大聖堂やヴェッキオ宮殿、サンタクローチェ聖堂が聳え立ち、アルノ川に架かるヴェッキオ橋が見える。辺りが暗くなってきて、アルノ川沿いの街灯が灯り始める。街の灯りもぽつぽつと点きはじめ、大きな建造物もライトアップされはじめる。昼間とは違った雰囲気を醸し出すフィレンツェの街を、気が済むまでじっと眺めていた。時刻は22時になり、来た道を引き返して宿に戻る。明日は朝イチでウフィツィ美術館に突撃する。

フィレンツェ最高!

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