中根すあまの脳みその153

少し前の話だが、富士急ハイランドにある、世界最大級のお化け屋敷「戦慄迷宮」に行った。コース全長900m、所要時間50分。人に恐怖を与えることだけを目的としてつくられた空間に、そんなに長い時間閉じ込められるとは。50分。高校の授業と同じくらいの時間だ。いやまてよ、最近よく見ているアニメ「コジコジ」2本分と考えるとそこまで長くないな。コジコジなんて一瞬で終わるんだから。まあそんなことはいいんだけど。とにかく、ここでビビっちゃあ、自称ホラー好きの名が廃ると自分の心に言い聞かせて、まるで、凶悪な鬼から村の人々を守るために立ち上がった桃太郎のような気持ちで、戦慄迷宮に迷い込むことを決意したのだった。

会場内へ案内してくれた係のお姉さんが思いの外チャキチャキしていて、拘りが感じられる白衣の衣装も彼女が着るとハロウィンのコスプレのようでなんとなく心に余裕が生まれ…たのも束の間、中へ一歩踏み出した瞬間に感じられるツンとした消毒液の匂いと、背筋をなぞる冷気に、私の脳内は最悪の状況を予測する。バーン!!!ドーン!!!ガタガタガタッ…ヒタッヒタッ…ヒタヒタヒタ…デテケ…ココカラデテイケ…グキッ…ドロドロ…ベチョッ…
ズル…ズル…いやだあ!!!!!!!!!!
脳内で繰り返し再生される悲惨な映像に、私は開始3秒でリタイアを考える。真剣に、考える。どこだ、扉は!リタイア扉はどこだ…!
そこで我に返ったもうひとりの自分が、すっかり怯えきった自分に語りかける。
お前…それでいいのか?ここでリタイアするなんてあまりにもダサいし、とんでもなくダサいし、笑えないくらいダサいし、ダサい。それにお前、金、(それもわりと、いや、かなり高めの)金払っただろ?今ここでリタイアしたら、それ全部パー。パーだよお前。金払った分楽しむんだ。全部、全部見て回れ。お化け役のバイトの特殊メイクのクオリティまでしっかりな…。

そうだ。私は、お金を払っている。
おそらく、お化け屋敷を楽しむ上で最低の心構えで、私は完走することを強く、心に誓った。
すると今度は、より強い衝撃を避けるために、私の危機管理能力が活発に働き始める。

はいそこ!はいそこ、バーン!!!!!
ほら、あの人形、絶対動くよ?絶対動くよ?
はい、黒電話ジリリリリリリリ!!!!
あなた人間ですよね?動きますよね?ね?

少しでも怪しさを感じようものなら、先にネタバレをして衝撃を回避しようという作戦に出た私は、普段の5倍くらいの口数で喋る、喋る。
そしていざ、お化けさんが現れると、なぜか逆に言葉を失い、

お、おつかれさんデース…

と、謎の労りの心をみせて去るという、お化け屋敷下手くそ野郎ぶりを発揮した私であった。

とはいえ、その場にいた誰よりも戦慄な迷宮を楽しんだ自信はあるのだ。なぜなら、置かれた小道具たちをひとつひとつじっくりと観察してきたからだ。瓶に入った謎の臓物の作りの細さに感動し、廊下にはられたポスターの再現度の高さに感嘆の声を漏らす。恐怖を作り出すためには、例え、見られないとしても、そこに置かれているもの全てが「それっぽく」なければならない。ひとつの世界観を作り上げることの難しさ、自分が日々感じていることでもあるが、それをまた強く実感するのであった。

あれ、おかしいな?
私たちより後に入ったはずの人たちに、どんどん抜かされている。そこではたと気づく。もしかして、歩くのが遅いのか。抜かして行った女の子2人組を見てみると、まるで渋谷のスクランブル交差点でも歩くようにスタスタと歩いている。心臓強。お化け屋敷マスターかよ。
あっという間に見えなくなった彼女たちを見習い、少しだけ歩調を早めた。

そうだ、これを言っておかなければならない。私は、戦慄迷宮に迷い込む前の日に、急激に増えた体重に嫌気が差してやけくそでソーラン節を踊ったのだった。YouTubeに投稿されている「1週間で5キロ痩せる!」と謳われた動画を見ながら、本気のソーラン節を。
案の定、翌日は筋肉痛だった。それも、病院に行った方がいいのではないか(もちろん病院に行く必要などないことは分かっている)と疑うほどの激痛だ。
正直、戦慄迷宮の目玉である長い不気味な廊下を歩く時も、その痛みに顔を顰めていた。
何組ものグループが私たちを抜かして行ったのは、そのせいでもあったのかもしれない。

最後のお化けさんは、表情やメイクまでしっかり見えた。彼は立派な役者であった。心の中で称え、外に出る。
なにかひとつの大きな仕事を、やり遂げたような達成感。私はまたひとつ、成長したのだ。逃げずに、足の激痛に耐え、入場料の分しっかり怖がり、楽しんだ。そんな己も称える。

中に入る前に、記念写真を撮った。厳密に言うと、撮られた、のだが。
それを購入することができるらしい。
唯一無二の経験をさせてもらったのだ。たまにはこういうタイプ(テーマパークにありがちな)の写真を(普段は絶対買わないが)買ってもいいかもしれない。
そう思っていると、係のお姉さんが言う。

何分前くらいに入られましたか?

どうやら、私たちのグループの写真のデータがなくなってしまったらしい。
出てくるのが遅すぎたからだろうか。
そんなこと、あるんだ。
戦慄迷宮での最も大きなの衝撃は、戦慄迷宮を出た後に待っていたのだ。

この日私は学んだ。
戦慄迷宮に迷い込む予定がある日の前には、ソーラン節を踊ってはいけない、ということを…。

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