中根すあまの脳みその243

とある事情で、視力を矯正せずに1日を過ごした。
わりと、目は悪い方なのだと思う。
強めの近視と乱視が小さな眼球の中でせめぎ合っているのだ。
めがねもコンタクトも付けずに過ごす1日は無論、不便で、それはそれは難儀なものであったが、それと同時に、非日常感に彩られた景色は新鮮で、12時間の労働を心折れることなく終えることができたのも確かだ。

戦闘能力は下がる。
それはそうだ。目が見えていないのだから。
不思議だ。不自由なのは目だけなのに、他の感覚器官から得る情報も不確かなような気がしてしまう。不服だ。
しかし、カメラアプリのフィルターをかけたようにまろやかになった情報たちは、不用意に私を傷つけない。心なしか、気持ちは穏やかで可笑しい。

事故にだけは合わぬようにと、慎重に歩く夜道。
見慣れすぎて、もはや、見慣れているとも思わない景色。
しかし、見えない目を凝らすと、幾重にも重なる光。乱視のせいである。
信号の赤、緑。車の赤、オレンジ。街灯の白。エラーを起こした目が素直にそのまま映すのは、なにかのバグで不当に増幅してしまった光たち。重合体恐怖症の気があれば、きっと耐えられないだろう。
異常な景色は変に私を高揚させた。
まるでこの世界とそっくりの、だけど、どここが少し違っている、別の世界に来たようだ。
ふと上を見る。
月が10個くらい出ていた。
得した気持ちだ。

家に帰ってようやくめがねをかける。
ただいま、と言いながら。

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