中根すあまの脳みその255
真面目に生きていたら終電に間に合わなかった。
じめじめむしむしの熱帯夜、3時間の時間をかけて徒歩で帰宅した、つい先日。23歳の誕生日のあの日の経験から気が大きくなっていた私は、このくらい歩いて帰ると息を巻く。
しかし、その覚悟は母親による、何がなんでもタクシーで帰ってきてくださいー!!というメッセージによって、宇宙の彼方に吹き飛ばされてしまった。
タクシーに乗り込む。
いつもと違う駅から乗るタクシーで、私の最寄駅、あまりにも知名度の低いその地名を告げるのは勇気がいる。
〇〇駅、まで、なんですけど…。
恐る恐る告げると、運転手は言う。
正直、そこまでの道のりに自信がありません。
お手数ですが、お客様に道案内のご協力をいただきたいです。
あれこれ話し合いながら探る最短ルート。
運転手と客と、同じ気持ちでいることがわかった。
早く、そして、安全に、
送り届けてくれようとするその姿勢に強い信頼を感じた。
目的地が曖昧であるにも関わらず、それを話さずに何度も何度も迂回して、その分の料金もとられてしまったあの日を思い出す。
窓の外を眺めながら車に揺られる。
まるで走馬灯のように巡る景色。私は、数分前の運転手の言葉を思い出していた。
できないこと、力が及ばないことを認めるのは難しいことである。
しかし、運転手はいとも簡単にはっきりと、自分には道がわからないと言ってのけた。
そのおかげで私は今、最短ルートで家路についている。
果たしてわたしにそれができるだろうか。
なんだかんだと言い訳して、自分にできないことを誤魔化してはいないだろうか。
本物の愛は、先を見据えている。
一瞬の優しさではなく、相手の、少し先の幸せを願っている。
私は思わず、運転手に話しかける。
それから車が止まるまで、私は、素直に生きること、相手を思いやること、の難しさについて運転手と語り合った。
本物の優しさを、愛を、人々に与えられる人間になりたいと、今日もなそんなふうに思うのだ。
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