中根すあまの脳みその254
何億年ぶりの高熱にうなされて、腰が痛くなるまで寝込む。
辛うじて人間としての生活を取り戻したその日、私は、断末魔のような咳に悩まされていたた。
喘息のために幼児期のほとんどを小児科病棟で過ごしたといっても過言ではない(過言)私は、未だに息苦しくて眠れないことがあり、それを心配した母親が最近ゴリ推ししていたのが、飴でない、粉のタイプの龍角散である。
”おじさんを飲み込んだよう”だと、その味を繰り返し形容する母親は、私にそれを飲ませたいのだか、飲ませたくないのだか、わからない。
しかし、背に腹はかえられぬ。
ゴホゴホと咳き込む度に、全身が軋むように痛む。
おじさんを飲み込むだけで、それが治るのなら。私の夏のスケジュールは、ちょっとシャレにならんくらいに立て込んでいる。たかが高熱と、それに伴う咳くらいで音を上げていては困る。私はそう意気込んで、龍角散(粉)の箱を開けてみる。
中に入っていたのは、まるで、フェイスパウダーのような容器。ここからは化粧をする女子でないと伝わらない話かもしれないが、油っぽい肌を一瞬でサラサラに変えると話題になり、一世を風靡した、韓国ブランドのあのフェイスパウダーと同じサイズ感とフォルム。シルバーに、”龍”という字が凸凹で表現されている。私は思わず、かわいっ、と口走ってしまう。ここまで不本意な可愛いは初めてであった。
フタを回し開けると、透明の中蓋から白いふわふわとした粉が透けて見える。それもまた化粧品そのもので私の脳みそは混乱する。唯一フェイスパウダーと違うのは、中蓋に載せられているのが、パフではなく、小さいスプーンだということ。
恐る恐る粉を掬いとると、いとも容易く舞う、不思議な匂いの粉。白く染る指先と履いていた短パンの黒。あまりの儚さに愕然としてしまう。私も掬えばふわふわと舞う、儚い女になりたかった。
思い切って口に含むと、漢方の胃薬のような味を想像していた私は、良い意味で裏切られる。
清涼感のある香りと、すっと主張なく一瞬で消える、舌触りの良い粉。懸念していたおじさんの存在に関しても、気配はしたものの、すぐに退場してくれた。素敵なおじさん。そして飲み込んだ直後から、みるみるうちに楽になってゆく咳。
すげえじゃん、龍角散。
私は一生の相棒を見つけたような気持ちで、それを見つめる。
しかしまあ、使用するたびに衣類を白く染められていては困るので、容器に関しては工夫が必要だと、冷静にそう考えた。
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