中根すあまの脳みその35

「早く外に出たい」と願っていることに気づき、どん引きした。
「1秒でも長く家にいたい」という思考が私の脳みそのデフォルトだったのに。
朝、ほんの1分の睡眠のために、その後の苦労(駐輪場からホームまでダッシュ後息切れ)を惜しまないはずの私なのに。
人間って本当に、ないものねだりがすぎると思う。
だから今朝は、2度寝しても息切れしなくてすむことに、もう、この上ないくらいの幸せを全身(ぬくぬくの足、ぬくぬくのお腹、枕元に常駐しているぬいぐるみに埋もれてもふもふの顔)で味わい、存分に噛み締めた。


最近、夢が面白い。

最近、ではないのかもしれない。
この生活の中では、忙しく考えることがなく、見た夢について思いを馳せる時間がゆっくりとあるだけ、なのかもしれないが。


今日はラジオの生放送。
先月、初めて出演させていただいた番組だ。
また呼んでもらえて嬉しい。

入り時間に楽屋に入る。
あれ?MCのおふたりがいないぞ。今日はいないのかな?あ、スタッフさんだ。

「おはようございます!」
「あ、おはよー。今日からMC、変わるから」
「あ、そうなんですか」
「はい、こちらが、YU-KI EMPIREさん」
「YU-KI EMPIREさん?!?!?!」

YU-KI EMPIREさんってあの?!
わたしが最近どハマりしているアイドル、『EMPIRE』のYU-KI EMPIREさん?!?!

「YU-KI EMPIREです〜、よろしくねえ〜」
「浅井企画の、中根すあまです、よろしくお願いします…!」
「浅井企画?」
「あ、えと、ピン芸人を…」
「ピン芸人?!うける〜!その感じで?」
「あ、そうなんですよね、よく芸人っぽくないって言われ…」
「ちょー面白い!よろしくね〜!!」

テンション高めの人なんだなあ…。
とりあえず、化粧を直そう…。
あれ、あの金髪の人だれだろう?挨拶した方がいいかな。

「おはようございます!」
「……」

え、なにそれガン無視?態度わるぅ。
やだなあ。ゲストの人かなあ。

YU-KI EMPIREさんと、金髪と、わたし。
金髪は本番が始まった途端に愛想のいい好青年へと豹変し、3人でそれなりに楽しく会話することが出来た。私も、私なりに頑張れた、と思っていたのだが。

楽屋に戻ると、金髪が私を睨んでいる。
「お、お疲れ様でぇーす」
「…お前さあ」
な、なに?こわいんですが。
「芸人ならもっとテンションあげて盛り上げろよ!!中途半端にしゃべりやがってよぉ!!
立ち位置わかんねえやつがいちばん困るんだよ!!」
あ、え、怒られてる。
…でも、たしかにそうだ、正論だ。
「た、たしかに私もそう思います」
「いいか、次から気をつけろよ。経験だからなこういうのは」
金髪が目の前で腕をあげる。殴られる…?

ポン。
私の肩に優しく置かれる腕。彼はそのまま去っていった。
いい人なんだなあ。きっと。
あ、YU-KI EMPIREさんが戻ってくる。

「お疲れ様でした!」
「おつかれぇ〜!たのしかったよぉ〜!」
「わたしも、YU-KIさんとお話出来て嬉しかったです!実はちょうど最近、EMPIREにハマってて」
「え〜そうなのぉ。ありがとお。偶然だねえ。これからもよろしくねぇ」
「よろしくお願いします!では、お先に失礼します!」
「うん、ばいばーい!」

手を振るYU-KI EMPIREさん。かわいい。
すごいなわたし、ついに好きなアイドルさんと共演してしまった。
うん、そうだな。金髪に言われたこと、これから直せるように頑張ろ。

これはなんというか。
ラジオにまた出たいという気持ちと、最近ハマっているEMPIREというアイドルへの思い、芸人らしく面白く喋れないという悩み、が夢に影響した感じなのだろう、きっと。
それにしても、夢の中だと驚きも、動揺も、恐怖も、自己嫌悪も最小限だ。
現実世界でもこの位で居られればいいのにな。

「気をつけてね」
「うん、行ってきます、おばあちゃん」

おばあちゃんの姿が段々遠くなる。
わたしは小さな船(風呂桶サイズ)になんとか収まりながら、長い川を流れてゆく。
ついにこの日が来たか。
嫌だけど、嫌だけどでも。やらなくちゃ。
おばあちゃん、わたしやるよ。
辺りを見回すと、私と同じような船がぽつんぽつんと見える。

ばしゃーーー!!!
波が向かってきた。…川なのに??
うぷっ、えほっ、ごほっ。くるしい…。
もがけばもがくほど呼吸がくるしい。
そして暑い!!水の中のはずなのに、なぜこんなに…!!
ああ…ああああ!!!!!

…んー!!んーー!!
なんでこんなに苦しいかって、鼻づまり!
鼻づまりのせいか!こんなに苦しい夢は!
そして、ただ今午後2時。私の顔に直射日光が刺さっている。
…だから暑かったのか。
それにしてもあのおばあちゃんは私の祖母ではないし、小さな船(風呂桶サイズ)って何。
いや、まあいろいろ置いといて、風呂桶サイズには収まらんやろ、ワシ。

はあっ、はあっ、はあっ、
ここまで来れば、流石に。流石に大丈夫だろう。
はあっ、はあっ、はあっ、
先輩たち、逃げられたかなあ。後輩たちはもう、捕まっちゃってた。悲しい。
でも、悔やんでいる暇なんてないんだ。
今は自分の命が、最も大事。

あ。探してる。
ここまで普通に来ちゃうんだ。もうちょっと頑張るべきだった。せめて、なかの芸能小劇場の方まで走るべきだった。
それとも、サンプラザの方に行くべきだった…?
正解なんてない。ここまで来たらもう、運だ。

ドバシャーン!!!!!
ああ、またひとり。誰だろう。いや、考えない、考えない。自分の身を守ることだけ。
しばらく、ここで息を潜めよう。

…………


カツッ

…え?

カツッ、カツッ、カツッ、

……なんのおと

カツッ、カツッ、カツッ、

…………………あ。

『あ、すみません。見つけちゃったんで、おとなしくしててください』


ああ。嫌だ嫌だ。
どうせこれ、夢だよね?なんで夢でまでこんな悲惨な思いをしなくちゃいけないんだ。
夢…だよね?

カチッ


あ、銃口、つめたい。


夢じゃない。
嫌だあああああぁあああああぁああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ。
ああああぁあああああぁあああああああああああああああああああぁぁぁああああああああ、

じたばた。じたばたじたばた。
ふえっ、はっ、夢か。夢じゃんかあ、やっぱり。
なんだそのフェイントは。
でも不思議だ。額に当てられた銃口の冷たさがまだ…。
それにしても、最強に目が覚める夢だった。
流石に4度寝はやめろという、神様からのお告げか。
「なかの小劇場」という単語だけが気が抜けそうな程、現実的だったが。
そろそろ夜ご飯だ。
…汗。とりあえずお茶を飲もう。


「人の夢の話ほどつまらないものはない」
そう聞いたことがある。だが私にとって、夢の話はどこまでも興味深く、恐ろしく、楽しいものなのだ。
たくさん夢が見られるこの期間の間、目が覚めても覚えていられるようなドラマチックな夢をたくさん見たい、そんなことを思う。

「ちょっとーー!!いい加減起きたら??流石に寝すぎだと思うんだけど!!」


母親の声が聞こえる。
あれ、私は、起きていたはずでは。

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