中根すあまの脳みその179

ふとんが何処までも愛おしい季節になった。

「布団」と漢字で記すと、どこか冷たく、よそよそしい雰囲気をその字面から感じ、今私が表現したいものとは少し違っているような気がするし、
「蒲団」と記すと、田山花袋の小説『蒲団』を連想させ、その中に終始漂う決して爽やかとは言えない生々しさを思い出してしまうので、ここではひらがなの「ふとん」で通すことにする。
御託を並べてしまったが、もっと感覚的な部分で私は、ふとん、は「ふとん」と記すのが最も適していると思うのだ。

自室のベットにふにゃりとかけられたふとんほど愛おしいものが、この世にあるだろうか。うっすらと汗をかいた生ビールのジョッキも大概愛おしいが、ふとんの愛おしさには叶うまい。しかし、この世界では、愛おしさと憎らしさはセット売りだ。愛おしければ愛おしいほど、憎らしい。ふとんもまた然りである。

一晩かけて人間のぬくもりのすべてを蓄えたふとんは、史上最大の力を発揮する。冬のこごえる朝であれば、尚、この場所にとどまること以外の幸福などこの世に存在しない、そう思わせるほどにあたたかく、ここちよく、どこまでも離れ難い。
しかし皮肉なことに、ふとんがその魅力を最大限に備えたとき、人間はそこを捨て、一日を始めねばならない。人間に生まれしもの全てに与えられる、全世界全人類共通の試練だ。
ぬけだそうとすればするほど、布団の持つ悪魔的な魅力は増し、人間ごときのちっぽけ
な意志など簡単に打ち砕いてしまう。
ああ、離れ難い。
どこまでも傍にいたい。
しかし叶わない。
まるで昼ドラのような心境。
余裕綽々な様子でのしかかってくる、魅惑の重さに頭を抱える。
布のくせに!
布の、くせに!
ここまで私を惑わすなんて!
悪態をつくのは口先だけで、心の中は裏腹に、ここに戻ってくる時のことを強く夢想している。
どのくらいの時間、離れればいいのだろう。
私、貴方なしでやっていけるかしら。
そんなの無理だよ、ずっとここにいなさい、そう言うようにまた、優しく包み込まれる。

離れるその瞬間は、絶望。
身がよじれるような名残惜しさと心細さ。決死の覚悟でそれを振り切り、ベッドから降りたその先には、いばらの道が待っている。その果てしなさに涙が出そうになる。
どうか、
どうか待っていてください。
その場所で、私の帰りを。
背後に感じる気配に、後ろ髪を引かれつつも、進むのは前。
前に、進まねば。

愛憎混ざり合う、朝である。
それもこれも、ふとんが魅力的すぎるのが悪い。
春まではきっと、耐えねばならない。
これは試練なのである。

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