中根すあまの脳みその248


忙しなく動いていた体と頭を少し落ち着けようと、道の途中にある、木の周りを囲う柵のようなところにもたれる。一息つくと、なにか蠢く気配がして、目線を送れば、見たことのない虫。東京にもいるんだ、見たことのない虫。
やたらぎらぎらした、でかいアリのようなその生き物をじっと見つめて、そっとその場から離れる。未知の生物は、怖い。
少し離れて、二息目の一息をつく。
視界に入った下まつ毛が、まるでさっきの虫のようで少しビビる。まつ毛だとわかって笑う、ひとりで。

ひとりでいる時間が好きだ。
しかし、ひとりでいる時間にも、頭を巡るのは他人のことである。
それまで一緒にいた人のこと、
あーでもないこーでもないと考えて、
脳内でその人との、ありもしない、架空の関係性を築いてしまう。
だから、親しくもない人に、やたら親しげに話しかけてしまうことがある。
だって、ひとりの時間に思いをめぐらせ、あなたのことをわかった気になった私は、そのつもりで接してしまうのだ。
良くない癖だと分かっていて、やめられる気がしない。
人のことを考える時間が好きだ。

自分にはないものをもっているというだけで、他人には価値がある。
見たことのない虫が、コンクリートばかりの渇いた東京で生きているように、
見たことのない人々が、例え自分がどこにいても、すぐ近くにたくさんいるのだ。
なんて飽きない世界だろう。
面白い人に出会えば出会うほど、自分の存在がつまらなく思えてくる、なんて陳腐な文句は置いといて、素敵な世界に産まれたな、と改めて思うのだ。

店先に出ている、カフェの看板。
手書きで書かれた文字を、やけくそのように消していく店員。視線の先で蠢く。彼女はやがて、不意に姿を消して、となりのコーヒーショップに入り、なにやら甘そうな飲み物を買って、余裕綽々に立ち去っていく。
カフェの制服姿そのままに。
カフェからずんずん離れていく。
取り残された、まっさらな看板。
人がある限りドラマがある。
飽きさせないぜまったく、そう思いながら歩き出す。見上げた空は春と夏の中間の色をしていた。

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