中根すあまの脳みその238

土砂降りの中自転車を漕いだせいで、水浸しになった財布。
そこに眠っていた1枚の1000円札が、力なく萎んでいる。
隔てる布の壁にまるで価値などないかのように張り付いて、それはそれは頼りない。
ほー、とため息をついて閉じる財布からは、小学校の校庭の砂利の匂いがした。

夜になって雨が上がった。
嘘のような晴天の夜空である。
その下を、がらがらと巨大な台車をひいて歩く。
職場では、毎日大量のゴミが出る。
燃えるゴミ、燃えないゴミ、ダンボール。それらをまとめて大きな車を形成する。4人ほどで連なってそれをひくと、ゴロゴロと地響きのような轟音が閑散としたその場所に響き渡る。
ゴミ捨て場は、不気味だ。
中でも燃えるゴミをためておくスペースには重々しい扉がついており、力を込めて開けると、中に閉じ込められていた空気とともに、耐え難い悪臭が放たれる。
ゴミ袋をぶん投げる。いかに早く扉を閉められるかの勝負だ。この瞬間に黒光りの嫌われ者が出てくることがあるというのは、新人教育として皆に伝えられているらしい。
大量のダンボールを、台車から下ろす。
ひとりが台車を、もうひとりがダンボールの端を、それぞれ別方向に引っ張ることによってそれを成し遂げようとしたが、あまりの重さに、多くのダンボールを束ねていた、いちばん大きいダンボールが破壊される。
やがて、段になったダンボールがだんだんと崩れていくことは誰にだって予想できる。咄嗟に私は己の足で破壊された部分を支える。
その場にいたもうひとりが、養生テープを持ってくるからそこにいろと指示を飛ばし、走り去っていく。
取り残されてひとり。
なんとなく空を見上げると、辺りは全部空。
そしてちょうど私の頭上に月があった。満月である。
ダンボールを支えたままの体制で、ぽかーんとその景色を見つめる。
世界にひとりだけのようだと、そんなことを考えると同時に、でも、仮にひとりだったとして、絶対にこの体制にはならないだろうなと思った。
奇妙に贅沢な時間だった。

帰り道。
ICカードにチャージをしようと財布を出す。
無論、そこにはしょぼくれたままの1000円札が1枚。券売機に入らない。
立ち尽くす私は、何故か、数分前に見たゴミ捨て場の月を思い出した。


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