休校

『あ、おはよ』
『おはよ。あれ知らないの?』
『知らないのって?』
『いや、休校』
『知ってるよ。さっき学校からメール来てた』
『じゃあなんで、いつも学校行く時間にわざわざうち来たの?』
『だって、さ、ねえ』
『まあ、わからないでもない』
『昨日、見た?テレビ』
『見たよ。すごかったね』
『うん、すごかった。ねえ、』
『なに?』
『あれ見て、どう思った?』
『うーんなんか、こんな感じなんだあって。あっけないなあって』
『わたしも、同じこと思った』
『今改めてそれ思ってる。もっとさあ、こう、朝焼けを見て涙が出ちゃうとか、君の顔みて涙が出ちゃうとか、そういうのあると思ってた』
『うん。でも、空はくもってて朝焼けなんて見えないし、君の顔もなんだかむくんでるし』
『君もでしょ?』
『ははは。普通だね。何も変わらない』
『うん、怖いくらいにね』
『何時だっけ?』
『えっと、たしか、8時?』
『そうだった、そうだった。』
『朝起きて、どうしてた?』
『どうしてたもなにも、顔洗って、着替えて、』
『悲しかった?』
『うーん、別に。たぶん実感湧いてないんだと思う』
『そりゃそうか』
『そうだよ。だっていくらなんでも急すぎない?』
『わたしも、朝起きたら怖くて悲しくて、しょうがなくなるのかなって思ってたのに、なーんも。よく寝たなってそれだけ』
『それはいくらなんでも呑気すぎ。…で、いいの?』
『なにが?』
『わたしで』
『うん、君がいいや』
『そっか』
『毎日一緒に学校行ってたじゃない?電車で行けばいいのにさ、時間かけて自転車で。本当はいけないのに2列になって、おしゃべりしながら』
『うん』
『たのしかったねえ』
『なんじゃそりゃ』
『たのしいなんて思わないくらいに当たり前でさ、でもこうなってみると、たのしかったんだろうなって』
『そうかもね』
『だからさ、やっぱり君がいいよ』
『毎日、だもんね』
『そうよ、毎日』
『わかんないな、どうなるのか』
『わかんないね』
『嘘かも?』
『いやそれはないんじゃない。世界の偉い人たち勢揃いだったし』
『そうだよね』
『嘘がいい?』
『うーん、そりゃあ嘘がいいって思うけど、内心ホッとしてるわたしもいるんだ』
『うん』
『ほら、こんなこと言うもんじゃないんだろうけどさ。進路とか決まらなくて、高校卒業しても人生は続いていくし、ずっとわたしっていう人間でいなきゃいけないっていう当たり前の事実が、案外受け入れがたかったりして』
『うん』
『死にたい、とかそこまでじゃないんだけど、わたしそんなに生きたいのかな?って疑問に思うことがあって』
『うん』
『だから、昨日そーりだいじんが言ってたこと聞いて、そりゃあ嫌だって気持ちが大きいけど、なんか、

”あ、もう生きなくていいんだ”

って思ったら体がすごく軽くなった感じがして、
昨日はよく眠れたんだ』
『死にたいわけじゃないんだけどね。君といれば、まあたのしいし、どんなに落ち込んでも君の顔見れば、まあ立ち直れる』
『そうなんだよ、でも、その場しのぎのわたしの毎日がこの先何十年も続くなんて少しも現実味がなくて、』
『明日世界がおわります、のほうがよっぽどリアルだもんね』
『だからか。だからわたしたちこんなに簡単におわりを受け入れて、今こんなに自然に生きてるのか』
『突然警告音がなって、チャンネルが強制的に切り替わって、総理大臣の顔がどアップで、開口一番世界がおわります、なんてさこんなに信じられないことある?』
『でも、すぐ信じたよね』
『信じた、信じた。模試の点数より、志望校の偏差値より、自分の人生より、全然余裕で信じられた』
『最初からおわりが決まっていれば、わたしたちもっと大切に、もっと自然に、生きられたのかもね』
『そうかもね』
『でもさ、わたし君がいてくれてよかったよ』
『なんで?』
『だって一緒に学校行ってくれたじゃない。毎朝君と会うこと、わたしの人生の中で、たったそれだけが確かなことで、それがなかったらきっともっと、』
『生きづらかった?』
『うん』
『そう言ってくれるなら、わたしの毎日にも意味があったかな』
『おわるんだね』
『おわるよ、きっとね』
『こんなに空はくもっているし、』
『最後くらい晴れててほしかったね』
『君の顔はむくんでいるのに、』
『最後くらいアイドル並みのかわいい顔で迎えたかったよ』
『それでもおわるんだね』
『おわるね』
『ねえ、今何時?』
『7時55分』
『どうする?』
『どうしようか』
『手、つなぐ?』
『そういう柄か?わたしたち』
『いや違うな』
『だめでしょ、キャラ履き違えちゃ』
『でもさ、』
『なによ』
『最後、だよ?』
『最後か』
『うん』
『あーあ!!!』
『なによ、急に大きな声出して』
『本当に最後が君でいいのか心配になってきた』
『はあ?何よ今更!!』
『嘘だよ。手、つなごか』
『うん』
『休校ってさ、わくわくするものじゃん?』
『たしかに。台風とか、雪降ったときとか』
『今日、休校って知ってわくわくした?』
『全然しなかった』
『きっとわたしたちはもう日常にいないからだね。わたしたちもう、人生から解放された』
『うん、おつかれさま』
『おつかれさま』
『ねえ、あれ見て?』
『どれ?あ、きらきらしてる』
『流れ星?』
『うん、きっとそうだよ。そういうことにしておこう』
『うん』
『それじゃあ、ね』
『うん、ばいばい』

きらーーーーん。

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