中根すあまの脳みその167
駅に、チェーンの激安中華料理店が新しくできた。
日本人がチェーンの激安中華料理店ときいて容易に思い浮かべることができるであろう、3〜4種類の店の中のひとつであると認識してもらえれば差し支えない。あなたの脳内に浮かんだ選択肢のうちの、どれかであることは間違いないだろう。
しかし、チェーンの激安中華料理店というのはなぜ人をここまで喜ばせるのか。
メニューはさながら、幼い頃に気に入っていた絵本のように、私を童心に戻してしまう。
タネも仕掛けも分かりきっているのに、さも初めて知ったかのように驚いてしまう値段の安さ。そして、天井から床の隅々までをコーティングする、質が良いとは言えない油。机の上のベタベタすら許せてしまう始末。もちろんそれが嫌だと感じる人も多いのだろうが、私などはそれすら愛せてしまうのだ。
ここまで言っておいて恐縮なのだが、
私は新しくできたその店にまだ行ったことがない。というのも、私がその駅を利用するのは一日のはじまりか、終わりか、極端なそのどちらかであり、故に、さあ今からこの場所で心置きなく中華を食らおうという瞬間はなかなか訪れないのである。
分かっておいていただきたいのは、私にはいつだって、その”心構え”はあるということだ。気持ちに見合った状況がないだけで、応戦する覚悟はできているのだ、いつだって。
従ってそこには葛藤が生まれる。
ホームに足を踏み入れた瞬間、電車から降りた瞬間に、半ば暴力のように飛び込んでくる芳しいその香り。熱々の中華鍋がやる気のないアルバイトの腕で暴れている様が、脳裏にこびりついて離れない。それまで、概念そのものを忘れてしまったかのようにまっさらだった己の食欲が、急激に呼び戻される。
中華だ、中華。中華が食べたい。
安い中華を雑に食らいたい。カロリーがカンストしようとも、スープがお気に入りのシャツにはねようとも、1ミリも気にならないくらいの強い心で。
困るのだ。
今日の夕食は、友人とパスタを食べに行くと決まっているのに。家で母親がきんぴらごぼうを作ってまっているのに。
今の私ときたらもう、中華以外の選択肢は考えられない。
どうせあなたには会えないのに、
その気にだけさせておいて。
駅にチェーンの激安中華料理店ができてしまったことによって、私の心は中華に支配されてしまったのだ。
私の前を歩くあの人も、あの人も、きっと同じような苦悩に苛まれているだろう。
まったく、罪深い話である。
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