中根すあまの脳みその97

この間、若者で賑わう新宿の街を歩いていたら、その中にひとり颯爽と歩く、やたらと渋いおじさんの姿が目に入った。それだけであれば、かっこいいおじさんだなと一瞬思うだけで終わっていただろうが、彼は渋いだけではなかった。その容姿に似合わぬギャップのある要素、それは、彼が身に纏っている洋服が某人気ドーナツショップのものだったということだ。誰もが一度は入ったことがあるだろう、あのチェーンのドーナツショップだ。ここで思い出してみてほしい。あの店で働く人々が着ている制服は、一体どのようなものであったか。そう、それは非常にポップでかわいらしいデザインの制服なのだ。鮮やかな黄色と青のコントラストが、ドーナツを食べる前の高揚した気分をより一層掻き立ててくれる、人気ドーナツショップにふさわしいその制服。
若いアルバイトの女の子がきゃぴっと着こなしているイメージが強いためか、セットされたロマンスグレーに、眉間に深く刻まれた皺、適度に引き締まった身体、まさに“イケおじ”といった風貌の彼がその制服を着ている姿は、なにか強烈な違和感を覚えさせた。ここでいう違和感とは、全くもって悪い意味ではなく、新しい可能性を感じさせてくれるような、新鮮な感覚のことである。似合っているか、似合っていないかで言えばきっと、似合っていないのだろう。だが、その似合っていない感じが、一周まわって彼を魅力的に見せていた。

そしてその姿は、実に様々なドラマを感じさせた。
要素として、場所もとても重要である。それは若者が闊歩する巨大な街で、そこを歩くものは皆、どこか虚勢を張っているような、少しだけ無理をしているようなそんな雰囲気を感じる場所だ。
その中で、おそらく職場であろうドーナツショップの制服を着たまま、堂々と、まるでそこが自宅の庭だと言わんばかりの大胆な足取りで進んでゆく、渋いおじさん。仕事終わりなのか、休憩中なのか、はたまた足りないものの買い出しに出かけたのか、外出の理由はきっとそんなものなのだろうが、私には彼が、アメリカのアクション映画に登場するような、大規模な映画のヒーローのように見えてしまった。彼には特別な事情がありドーナツショップで目立たぬように働いているが、実はその正体は誰もが憧れる正義のヒーロー。新宿に現れた巨大怪獣に立ち向かうべく、制服を着たまま出動するーーーーそんな設定を勝手に妄想してしまう程に、彼の姿は街の中に溶け込むことなく、ドラマチックに孤立していた。

平穏な日常が奪われて帰ってこない。
そんな現状を生きる私たちに必要なのは、新宿を歩く激渋ドーナツショップ店員のような異質で新鮮な存在なのかもしれない。彼が本当にヒーローで、美味しいドーナツでこの世界を救ってくれることをなんとなく夢見てしまうのである。

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