中根すあまの脳みその226

がたんごとん。
こんなことを言っては変な人だと思われるだろうが、私は極端な満員電車が案外、嫌ではない。
自立しなくても立たざるを得ない、周りに立たされているような感覚が、脳を空っぽにしてくれるのだ。もちろん不快に思う瞬間も多々あるが、変に安心してしまう。
帰路であれば特にそうだ。
夜。それも、遅い時間。
強制おしくらまんじゅうの中でぼーっとしていると、耳に入るのは車内アナウンス。

電車、おくれまして、申し訳ありません。

どうやらこの電車は遅れているらしい。
この手のアナウンスにはいつも、いやいやあなたのせいじゃないのよ、と思ってしまう。
申し訳ありません、の後に、心の中でいいよ、と言ってしまう。語尾にハートマークをつけて。
いいよ、と言ってからしばらくして、私はあることに気づく。
そうだ、この電車が遅れていては、私は終電ダッシュを余儀なくされる。
やむを得ず、乗り換えが大変なルートで帰っていたのを忘れていた。
だんだんとすいてゆく車内で、私は戦々恐々とスタートの瞬間を待つ。
まずはメンタル。絶対に諦めない。絶対に乗るのだという、強い意志。
そしてフィジカル。日頃の運動不足が文字通り足を引っ張ることなど分かりきっている。入念なストレッチを行う。心の中で。

開くドアと同時に飛び出す。
まずは階段。
こういうときは勢いだ。階段を階段と思わず、それがあたかも平らな道であるかのように脳に呼びかける。こんなものは、階段ではない。だから進め。
残高不足を懸念しながらも、改札を無事通過。安堵したのも束の間、広くて長い連絡通路が見えてくる。先が見えない。暗くて果てしないその道に、揺らぐメンタル。駄目だ、負けない。私は"乗る"のだ。聞こえてくるのは、拡声器を通してひび割れた声。

次の電車は最終電車です、ご利用の方はご注意ください。

ご親切にどうも、心の中でハートを送る。高速で宙を舞うハート。他に意識が逸れたおかげで少し心が楽になる。前を見る。すると、立ち止まり、中腰の体制で荒い息をしているサラリーマンの姿が。胸が熱くなる。分かります。辛いですよね。こんな、走ることないですよね普段。
そう、これは大人の徒競走。
順位はつかない。敵は、自分。
みんな、帰ろうぜ!!
誰ひとり夜の街を彷徨う事がないよう願う、私もまた肩で息をしていた。
サラリーマンの横を通る。
激励の気持ちが伝わるように、威勢のいい背中で。
連絡通路を走り切り、改札を通過、最後の難関は下りの階段。昂った心と体では事故を招く。一度立ち止まり、息を吸ってから、改めて進む。
内臓のすべてが悲鳴をあげている。
心臓なんか、今にもはち切れそうだ。
ああ、生きている。

やっとの思いで辿り着いた、端っこの座席で私は余韻に浸っていた。
勝利の余韻だ。
どうか今日もみんなが無事、家に帰れていますように。微睡みゆく意識の中で、そう深く願った。

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