中根すあまの脳みその205

小学生の頃、鼻に棒を突っ込むインフルエンザの検査が嫌いだった。
まあ、あれが好きだという人間はまずいないと思うが。
目の前にいる看護師のお姉さんが、心の底から憎くなる。これではまるで、白衣の悪魔だ。
検査をして病名が付いたところで、体の辛さは変わらない。それなのになぜ、こんな思いをしてまでなぜ、インフルエンザであることを証明しなければならないのか。
幼いながらにこの世を酷く呪ったのを鮮明に覚えている。

そして、22歳。
私は久方ぶりに鼻に棒を突っ込まれた。
唾液で検査ができるという文明の進化に感謝しつつ、ここまで回避してきたというのに。
やむを得ない状況に身を置いてしまった。
隣には、同じ舞台に出演する同志。
受付で知り合いだと話したら、同じ部屋で順番に検査を受けることになってしまった。
できれば、見られたくない。
鼻に棒を突っ込まれているときの顔面など、極力人には見られたくない。
しかし、そんなみみっちいことを考えているなんて知られたくなくて、尚且つ、鼻に棒を突っ込まれることに対して割とマジで怯えていることなんてもっと知られたくなくて、懸命に平然を装っていた。
大きなカラコンとまつエクに彩られたコスプレのような看護師さんに声をかけられる。
ちょっと痛いですよ。
ふああい。
発せられた声はどう足掻いてもビビっている人間のものでしかなくて、私はもう、すべてを諦めていた。
細長い棒先がが鼻の入り口に触れる。
その瞬間、隣の同志がふっと横を向いた気配がした。
なんと……。
その気遣いに感動、したのもつかの間、奥へ奥へと不法侵入してくる棒。ツンと感じる血の匂い。おい、おい、こんなことしていいのかよ外道が。ついついキレそうになってしまう。
大丈夫ですか。
ふあああい。
どうやら検査は無事終わったらしい。鼻に残る強烈な違和感のせいで、気づかなかった。
そして私が発した返事はまたもや、ビビっていることが丸わかりな、情けないものであった。

片方の瞳から涙が流れている。
棒を突っ込まれたのは左側だった。涙が流れているのもまた、左側である。
左目からのみ、涙が流れていた。
そんな器用なことができるのかと、私は私の体に感心する。
ふと我に返って、私は顔をそっぽに向ける。
ちょっと痛いですよ。
再び聞こえたその台詞に、ちょっとどころじゃないよ、と心の中で悪態をついた。

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