中根すあまの脳みその241

暑い。
暑くて呼吸がしづらい。
まともに呼吸をしようとして、さらに体温が上がる。
今年いちばんのあたたかな日を、完全に舐めていた。
長い冬を経て人間は、あたたかさがもたらす苦悩を忘れてしまう。
そして、吹き出す汗と共にそれを思い出すのだ。
その上、今の私は動けない。
ぽかぽか陽気に似つかわしくない重ね着と大きなズボン。その上に黒いマントのような布をかけられ、両手の動きを封じられる。首元にはタオル。苦しくないですか、と尋ねられる。苦しくないわけはない。耐え難い苦しさではないというのを、大丈夫です、という言葉に内包させて答える。

髪の毛を染めるようになってから数年が経つが、これまでの歴史の中で最も長い期間放置した、極限状態の髪の毛を、染める。
2ヶ月前には綺麗な青色を誇っていた私の髪は、今では湿った地面に犇めく苔のような色をしていた。
生まれ変わるべく赴いたのは、はじめての美容院。予約サイトを見漁っても違いなどよく分からず、ええいままよと勢いで決めた、ハイトーンのカラーが売りの美容院だ。
打ちっぱなしコンクリートのお洒落な内装が、変な緊張を呼ぶ。

どう足掻いても座る瞬間が滑稽になってしまう、特殊な形の椅子に腰掛けて数秒、先述したように動きを封じられる。
そして気づく。
この店、暑いぞ。
気づいてしまったが最後、脳内がその事実に支配される。それに応えるようにじわりじわりと吹き出す汗。
黒マントの中はサウナのようだ。
今から3時間ほどの施術時間、一体どう乗り切ればいいのか。
押し寄せる不安と絶望。
小さな顔の美容師が私の様子を案じて、
暑いすよねすみません、俺も暑いす
とフォローを入れるが、そんなものは逆効果、絶妙な恥ずかしさに種類の違う汗が垂れる。
いいからエアコンの温度を下げてくれ。
隣に座る細い女性客は涼しい顔をしていて、私の適温を優先すれば彼女は風邪をひいてしまう。
完成の色とは正反対の色をしたカラー剤を落とすタイミングで、装備がひとつひとつ外されていく。開放感が与える安堵でいくらか体温が下がった気がした。

完成した頭を一瞥して、足の長い美容師は言う。
太陽みたいすね、と。
一生言われることのなさそうなそのセリフに、照れくさくなってしまう。
今月は私が太陽らしい。
困らない程度に照らしていこうと思う。

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