中根すあまの脳みその10

ふと思い出した。
それはうだるような暑さの、ある夏休みのこと。ひと夏の間だけ、まるで姉妹のように一緒に過ごした女の子がいた。

小学5年生のとき、わたしはそのときのクラスの担任の影響で、百人一首にハマっていた。その後、競技かるたをはじめ、おじいさんおばあさんと一緒に公民館で練習をし、大会に出たりするようになるのだが、これはまだわたしが百人一首を百首全部覚えるか、覚えないかくらいの頃の話。
小学校では週に一回『クラブ活動』なるものがあり、わたしは迷わず『囲碁将棋百人一首』という、担任の先生が顧問を務めていた、明らかに個人的な趣味が反映されているクラブに入った。そこで出会ったのが、ひとつ年上のAちゃん。先生が言うには、Aちゃんは5年生の時、地域の小学生たちが参加する百人一首の大会で優勝したらしい。それを聞いてわたしは、この子のことが気になって仕方なくなった。初めてのクラブ活動の日、Aちゃんの姿をはじめて見た私は、ひとつしか歳は変わらないはずなのに、その大人っぽい、色気すら感じさせる容姿にますます興味を惹かれたのを覚えている。どうしてもAちゃんと話してみたかったわたしは、クラブ活動の後、教室に戻るところを引き止めて話しかけた。たしか、『弟子にしてください』みたいなことを言った気がする。Aちゃんは、一瞬驚いた顔をして、だけど嬉しそうに、『いいよ』と言ってくれた。
そこから、わたしとAちゃんはよく会うようになった。はじめは休み時間にAちゃんの教室に遊びに行ったり、Aちゃんがわたしの教室に遊びに来たり、それからふたりでいっしょに百人一首をした。Aちゃんはとても強かった。来る日も来る日もふたりで百人一首をして、くだらないことをしゃべって、笑った。Aちゃんは、背が高くて、おしゃれでかわいくて、いっしょにいる時間がとても誇らしかった。その頃のわたしは、特定の誰かと仲が良いということがなく、親友という絶対的な存在に憧れていたため、もしかして、ちゃんがそうなるのかもと、どきどきしていた。
夏休みが迫ったある日、いつものようにAちゃんの教室に遊びに行くと、Aちゃんは『夏休みの予定を立てよう』と言った。クラスでも人気があるらしいAちゃんと、休みの間も会うことができる、それがわたしはとても嬉しかった。決めた予定通りに夏は過ぎていく。わたしの部屋でふたりでたくさんお話をしたり、クッキーを焼いたり、買い物に出かけたり、毎日のように遊んだ。Aちゃんの家にも行った。Aちゃんは大きな団地に住んでいて、一軒家に住むわたしにとって、その独特な雰囲気はなんだか不思議な気持ちにさせた。ひとりの友達とここまで深く関わったのは、Aちゃんがはじめてだった。わたしはAちゃんがとってもすきだったし、憧れていたし、その先もずっと仲良くしていたいと思っていた。
だが、夏が終わって涼しくなっていくにつれて、わたしとAちゃんが会う回数はだんだんと減った。予定が合わなかったり、誘っても断られたり、少しずつ離れていくのを身をもって感じた。今思うと、わたしが距離を詰めすぎたのかもしれない。わたしはとにかくAちゃんとたのしい思い出をつくりたかったから、次から次へ新しいことに誘った。今思うと、少し不自然だったのかもしれない。物心つくのがおそく、いつまでたってもぼーっとしていたわたしが、うまれてはじめて『仲良くしたい』と思った女の子が、Aちゃんだったのだ。
結局Aちゃんとは疎遠になってしまった。中学3年のときに1度会ったが、わたしの気持ちに対してAちゃんの気持ちは冷めたものだったような気がする。
今でもふと思い出す。
不思議な魅力を持っていたAちゃんとの、夏の思い出。
いつかどこかで会えるといいな。あの子はきっとまだ、特別な女の子だ。

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