中根すあまの脳みその214

飲みすぎてしまった。
あたりはすっかり朝。嘘みたいな朝。
始発に乗るべくホームへ向かう足取りは鉛のように重く、雲のように軽やかな足取りで街をさまよっていた酔っぱらいの自分が心から憎くなる。
携帯の充電など無論なく、それはただただ真っ暗闇を映し出すだけの無意味な物体に成り下がっていた。
虚無。
いつの間にかホームについていた。
何かを考えることもなく、暫しそこに存在する。
二日酔いというのは決して体調不良ではない。飲みすぎてしまった己の、ただの管理不足だ。それなのにヤツは、真剣な体調不良の顔をしてやってくる。
私は生涯、ヤツを憎み続けるだろう。
その時の私の眉間にはきっと、深いシワが刻み込まれていた。
それなのに、隣から声がする。
おねーさんさー!!!!!
どうやら私のことらしい。
反射的に、しかし、スローモーションのような怠けたスピードで私はそちらを向く。
瞬間、眩しさに目が覚める。
ギャルだ。
若いギャル。
世の中の誰もがそう形容するだろう、若い女の子がそこにはいた。
フチありのカラコンと密度の高いつけまつげが彼女の瞬きを彩る。
おねーさんも朝までのんでたのー?!
ギャルの語尾にはもれなくエクスクラメーションがついてくる。
そ、そうっス。
新人バイトのような口調で返事をする私。
うちさー京王多摩センターまで乗るんだよねー、おねーさんはー?!
は、橋本っス。
えーじゃあ、しばらくいっしょじゃーん!!
ギャルと私の電車の旅が始まった。

結論、ギャルは話を聞くのが上手かった。
気づいたら、初対面の人に話す事じゃないようなプライベートな話まで、口が勝手に喋ってしまっている。
ギャルは占い師なのかもしれない。
占い師はギャルなのかもしれない。
そしてギャルは優しく肯定してくれる。
もし彼女が、ネタ番組のオーディションで、簡単な特技見せてくださいと雑な振りをされたとしても、どんなネガティブな言葉もポジティブに変換できます!!というやつで、その地獄の時間を乗り切れてしまうだろう。
一瞬で京王永山。
彼女との別れが名残惜しい、密かにそう思っていると、ギャル、もとい占い師の彼女は、インスタ交換しよー!!
と提案する。
もちろんっス。
彼女は20歳らしい。それなのに私はいつまでも不自然な敬語を続けている。
がさごそ。ギャルは黒いテカテカのかばんを探ると、中からアイライナーとぐちゃぐちゃになったコンビニのレシートをつまみ出し、そこにインスタのIDを書き込む。
おねーさんもうちもスマホ死んでっから!!
そう言ってレシートを差し出す、ギャル。
嗚呼、ギャル。
それは、あまりにも、ギャル。
おねーさんかわいーから大丈夫だよ!
そう言って京王多摩センターに颯爽と消えていく彼女。
電車に取り残された私はひとり、正体不明の涙を流していた。

そんな彼女と今度飲みに行く約束をしている。
始発に乗らなくてもいいようにしないと、凝りもせずそんなことを考える。

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